その愛は災いと共に来る


「なまえ、クリスマス空いてる?」

珍しく学校に来たマイキーがわたしの前の席に後ろ向きに座って笑顔を向ける。なんで?どうして?そんな考えが頭を巡る。肩に羽織っているだけの制服は落ちるか落ちないかのところで留まっているし、机の上に肘をついて頬杖をつく様子もなんだかふてぶてしい。家ではいつもならだらしない格好のままなにもせずにただ座ってぼーっとしているだけなのに。今日もエマちゃんかドラケンくんに身支度してもらったんだろうなぁ、とそのサラサラなピンクゴールドの毛先に指を伸ばす。


「クリスマスは今年も圭ちゃんちにお呼ばれしてるから無理だよ」
「また?」
「うん……ごめんね?」
「なぁ、お前ら付き合ってんの?」
「はい??!?」


突然のマイキーの言葉に思わず椅子から落ちそうになった。そんなわたしの腕を引っ張ってマイキーは「あっぶねぇな」とケラケラ笑う。圭ちゃんはわたしにとってはお兄ちゃんみたいなもので、場地家はお父さんしかいないわたしにとって家族みたいなもので。クリスマスだって毎年お父さんが仕事で遅いからっていつも招待してくれてるだけで。どこからどう見たら付き合ってるように見えるんだろう。そもそもわたしと圭ちゃんはそういう関係じゃないんだけど! そう言ってやりたかったけど、言ったところで目の前で楽しそうにしているマイキーの耳には届いてくれそうにない。

「場地と付き合ってんじゃないならオレとデートしようよ。迎えに行くからさ」
「はぁ!?︎いやちょっと待って!無理!」
「なんで?いいじゃん別に。付き合ってないんだろ?」
「そうだけど」
「ならいーじゃん」
「ヤダ」
「なんで?」
「マイキーがやだ!」

揶揄うような口調のマイキーにイライラしてヒートアップしてしまって、思わず思っても居ない言葉が口から出た。目を丸くして、ぱちくりと瞬きを2回したマイキーはしゅんとして口を閉じてしまった。あ、やばい。言い過ぎたかも。焦ったけれどもう遅かったようで、マイキーはそのまま黙り込んでしまった。少し俯いたその表情はよく見えないけど、きっとすごく傷つけちゃったんだと思う。どうしよう。でも、だって、クリスマスは圭ちゃんともう約束してるんだもん。わたしは立ち上がってマイキーの正面まで歩いて行って膝をついた。下から覗き込むように見上げると目が合ったけれどすぐに逸らされてしまう。こんな態度取られても困っちゃうよ……。しばらく無言の時間が流れて、耐えかねたわたしはついに音を上げた。


「マイキーも圭ちゃんち来る…?」
「行かない」
「……どうしても?」
「なまえと二人がいいから」

顔を上げて目を見つめると今度はしっかり視線を合わせてくれた。それどころか手を伸ばしてきてわたしの手を握る。えっ、と思ったときにはぎゅっと強く握られて心臓が跳ね上がった。ドキドキする。嬉しい。でも恥ずかしい。それにみんな見てる。ヒソヒソ声まで聞こえてきて、パッと手を離すとマイキーはまた傷ついたような表情を見せた。そして、「もういい」とだけ言い残して、むすっとしたまま教室を出て行った。慌ててその背中を追いかける。「マイキー、ごめんね」「聞いてる?」声をかけるたびに振り返ってくれるけどやっぱりどこか不機嫌そうだ。階段に差し掛かるあたりでやっと追いつくと、わたしの顔を見てマイキーは眉を下げて笑った。


「怒って、ないの?」
「別に〜。でも拗ねてる」
「……ごめんね」
「オレより場地優先されて傷ついた」
「うん」
「なまえの一番はオレじゃなきゃヤダ」
「うん」
「なまえの彼氏も俺じゃなきゃヤダ」
「うん…ん?」

あれ?なんかおかしくなかった?聞き間違いかな?首を傾げるとマイキーはまた笑ってわたしの腕を引いた。そのまま踊り場の壁に押し付けられる。鼻先が触れそうな距離感にドキッとする間もなく唇を奪われた。触れるだけのキスだったけど、角度を変えて何度も繰り返されるうちにどんどん深くなっていく。舌が絡み合う頃にはお互い息も絶え絶えになっていた。ようやく離れた時にはすっかり腰が抜けていてずるずるその場に座り込んだ。そんなわたしを見下ろすようにしてしゃがみこんだマイキーは満足げな顔をしていた。

「今日からなまえ、オレの彼女な?」

そう言って口の端を拭うマイキーは、なんだかとても悪い男みたいで、それでいてカッコよく見えた。





***
おまけ


「なまえクリスマスどこ行きてぇ?」
「だからクリスマスは無理だって」
「なんで?」
「だから圭ちゃんとの約束が、」
「場地ならいいって言ってたけど?」
「え???」
「なぁ、どこ行くよ」
「圭ちゃんちで」
「あと5秒やるから行きたいとこ考えて。答えられなかったらちゅーな?」
「いやいやだから圭ちゃんちって」
「ごー、よーん、」
「待ってよ、マイキー」
「さーん、にー」
「渋谷?」
「ならオレんちね?」

ちゃんと5秒以内に答えたのに、結局マイキーはわたしにキスをしてきた。
ドラケンくんや三ツ谷くんから届いた「ご愁傷様」のメールの本当の意味はここにあったような気がした。