酸いも甘いも君次第


「たかちゃんちゃんとご飯食べてる?」
「んー」
「ねぇ、最近寝たのいつ…?」
「ん〜」
「私、明日、合コン行ってくるね」
「んー、ん?は?待てよ、今なんて言った?」
「合コン行ってくるね。よいお年を!」

たかちゃんと付き合って2度目の年の瀬、たかちゃんがデザイナーデビューして初めての年末、私とたかちゃんは修羅場を迎えていた。

たかちゃんが忙しいことは分かっている。今が売り出し中で、休んでる暇なんてないってことも。けど、私も心配な私の気持ちをたかちゃんはちっともわかってない。頼って欲しくて作ったお弁当もそのまんま。ソファにはここで寝泊まりしているであろう痕跡。私がたかちゃんに出来ることってなんなんだろう。付き合ってる意味ってなんなのかもう分んなくなっちゃった。

友人から合コンの誘いを受けたのはそんな年の瀬だった。クリスマスで彼氏が出来てしまって、大晦日に年越しパーティと称して開催される合コンに欠員が出てしまったというのだ。年末くらいはたかちゃんも休むだろうと思って、一度は断ったけれどもういいやと思って参加することにした。これは私なりの当てつけだ。ちょっとぐらい良いよね。私は自分に言い聞かせながら準備をした。

が、いざ合コンに参加してみると全然楽しくない。
今でこそたかちゃんはあんな調子だけれど、普段のたかちゃんは優しくてかっこよくてなんでも出来る自慢の恋人なのだ。そんなたかちゃんを知ってしまっている私が、他の男をいいなと思うわけがなくて。結局、盛り上がっているグループの中で1人寂しくグラスを傾けているだけになってしまった。

今日は帰ろうかなぁ…….。そう思った時だった。
ドンッ!!!! 大きな音を立てて誰かが隣に座ってきた。その拍子にふわりと香ってきた匂い。どこか懐かしいような甘い香りに胸が高鳴る。この香り、知ってる。まさか、と思い顔を上げてみればそこには会いたくなかった恋人の姿があった。驚きすぎて声も出ず、ただ呆然と彼を見つめることしか出来ない。彼はいつもよりも少し着崩したスーツに身を包み、髪までセットしていてまるで別人みたいだった。

「え?なに?誰??」

合コンの参加者の女性が一人声を上げる。たかちゃんは何も言わずニコニコしていた。きっと私が諦めてたかちゃんのことをみんなに紹介するのを待っているんだ。でもごめんなさい。私だってどうしたらいいのか分からないんだよ。「私の、彼氏です」と彼の無言の圧力に耐えかねて口を開いた。だよなぁ、と言ってたかちゃんが私の頭を撫でたあと、私の腰に手を回した。あぁ、怒ってるんだな、そう思った。そりゃそうだよね。こんなところで女漁りしてるような奴と一緒にいるところなんか見られたくないもんね。


「悪い、連れて帰んね」

そう言ってテーブルの上に一万円札を置いたたかちゃんは私の腕をグイッと引っ張ってそのまま店を出た。店を出たところで、呆れたようにたかちゃんが私の腕から手を離した。このまま一緒に帰ったら、きっと貴ちゃんは同じことを繰り返す。私はまたたかちゃんに放っておかれて、食べて貰えないご飯を作って、たかちゃんが私のことを思い出してくれるのを待つだけの日々。そんなの嫌だ。そんなの耐えられない。

「なんでここが分かったの?」
「たけみっちが同じ店にたまたま居たんだよ」
「そうなんだ。……で、たかちゃんは何しに来たの?」

意地悪なことを聞いてるのは分かってる。だけど、聞かずにはいられなかった。たかちゃんは「なまえを迎えに来たに決まってんだろ」と言って私の両頬に手を置いた。そして無理やり目を合わせられる。久しぶりに見たたかちゃんの目の下にはクマができていて、いかにも疲れていますというような顔をしていた。何も言えないまま立ち尽くしていると、たかちゃんがいきなり私を抱き寄せてきた。ぎゅっと力いっぱい抱きしめられて苦しいぐらい。苦しくて、痛くって、泣きそうになるほど愛おしさが溢れてくる。

本当はずっとこうしたかった。仕事ばっかりで会ってくれないたかちゃんにイラついて、もう別れようって思ったけど、やっぱりたかちゃんがいないとダメなのは私の方なんだなって思い知る。たかちゃんがいなきゃ息もできない。たかちゃんじゃなきゃ幸せになれない。ねぇ、だからお願い、私を捨てないで。


「なまえさ、オレがなんであんなに仕事詰め込んでたか忘れてんだろ?」
「え?」
「正月、なまえの実家に挨拶しに行くって言ったよな?」
「聞いてない聞いてない、絶対聞いてない」
「ん?言ってなかったっけ?」


えぇ、全く。たかちゃんは私の言葉を聞くと、「ならオレが悪い、ごめん」と言って今度は優しい手つきで私を抱きしめてくれた。その言葉だけで十分だった。たかちゃんは私との未来を考えてくれていたんだって思えたから。嬉しくて、涙が止まらない。私はたかちゃんの首に抱きついた。もう絶対に離れないように強く。

来年も再来年もその先もずっと、私は貴方の隣にいたい。
この先の人生を全部あげる。
だからどうか、 私のことだけを見ていて。



おまけ

「ところでたかちゃんなんでそんな服着てるの?」
「このままなまえんち行くから」
「え?待って?え?」
「待たないし、もう連絡もしてある」
「え?え?わかんない。え?」
「なまえ見てんのやっぱおもしれーわ」
「おもしろがってないで説明してよ!たかちゃん!!」