惚れた欲目


「あーまだダメだよ!ちゃんとお湯が沸騰してから入れるの!」
「あ?んな変わんねぇだろ」
「変わるの」
「腹ン中入れば一緒じゃねぇか」
「だとしても口に入るときは美味しい方がいいでしょ?」
「……まぁ、そりゃそうだけどよ」

インスタントラーメンを作るためにキッチンに立つ圭ちゃん。それをちょっと後ろから眺めるわたし。
いつもいつもカップ焼きそばばかり食べている圭ちゃんに少しでもマシなものを食べて欲しくて、今日はインスタントラーメンにしたら?と提案してみた。まぁたまにはいいか、と珍しく乗り気になった圭ちゃんがキッチンに立った。とここまでは順調だった。
が、いざ調理に入ると、圭ちゃんは予想以上の適当さを発揮した。
まず、説明を読まない。次に分量を量らない。最後に思い込みで作ろうとする。その全てが空回りしている。
始めは暖かく見守ろうと思っていた、けれどやがて口が出て、そろそろ手を出してしまいそうな勢いだ。


「あーもうやっぱりわたしがやる!貸して!」
「ンだよ、オレが食うんだからオレが作る」
「圭ちゃんにはおいしいもの食べて欲しいの!」
「なら仕方ねェな」

渋々といった感じだが、一応納得してくれたらしい圭ちゃんはわたしと場所を入れ替わる。
目の前にはグツグツとお湯が煮立った鍋。そしてそこに投入される麺たち。お湯の中で踊る麺たちが次第にスープの中に溶けていく。

「なァなまえ」
「なぁに?」
「こうしてっと新婚さんみてーだな」
「…………バカじゃないの」
「んだよ照れてんのか?可愛いヤツ」
「うっさいばか」

ニヤニヤしながらこちらを見てくる圭ちゃんを無視して、わたしも自分の作業に戻る。
けれど無視されたことがムカついたのか、圭ちゃんが邪魔するように後ろからわたしを抱きしめてきた。

「ちょ、圭ちゃんなに?!」
「うるせぇ黙ってろ」
「危ないよ?」
「オレんちの台所立ってるなまえ見てたらムラムラしてきた」

身を捩りながら抵抗するも、圭ちゃんの腕の力が強くて抜け出せない。というよりわたしが本気で嫌がっていないことを分かっていてやっているんだと思う。

「圭ちゃん、ここじゃだめだってば」
「誰も来ねぇよ」
「ラーメンもう出来ちゃうし」
「あとで食う」
「でも」
「いいからもう黙れ」

くるり、身体を反転させられて圭ちゃんと向き合う形にさせられる。そのまま噛み付くようにキスされて言葉を奪われた。
いつの間にか腰には腕が回されていて逃げられない。こうなるともう観念するしかない。後ろ手でコンロの火を止めて、圭ちゃんの首に手を回す。すると満足したかのように唇を解放してくれた。

「で、オレにうまいメシ食って欲しいんだっけか?」
「意地悪」
「言われなきゃ分かんねェなァ」
「……いっぱい愛して欲しいです」
「よくできました」

ご褒美とばかりに再び深く口付けられる。先程までの荒々しいものではなく、優しく包み込むような甘い口付けだった。
そのまま抱きかかえられ、圭ちゃんの部屋に連れ込まれた。
押し入れの中の圭ちゃんの布団の上に降ろされれば、もうこの先は圭ちゃんのペースだ。圭ちゃんの熱く硬い欲望を受け入れれば後はどろどろになるまで愛され続ける。
何度も口付けられながらも器用に服を脱がされる感覚を感じつつ、わたしは与えられる快楽に身を任せるしかなかった。

……そんな風にいちゃついていても、圭ちゃんは約束通りにちゃんと冷えて伸びきったインスタントラーメンを笑顔で平らげてくれた。きっとわたしはこれからもその笑顔に絆されて大概のことを許してしまうんだろう。それが惚れた弱みというものなのだろう。幸か不幸かは別として。