ある秋の日の木蓮
人は救いを求める。時にはそれが善でないと分かっていても。夏油さんはそういう人たちにとって善で会ったのだろうと思う。だから、夏油さんのことを100%悪者だとは思えない。少なくとも14歳のわたしにとっては夏油さんは、善であったから。
その日、わたしは修学旅行で京都に来ていた。見た目が目立つわたしは、同級生の輪に入れず一人で寺社巡りをしていた。先生がたも見て見ぬふりをしてくれていたし、特段、それが苦だとも思わなかった。ただ、一人でいると、呪霊と目が合うことが多いのがうっとおしかった。見える人間が珍しいのだろう、目が合った呪霊は敵意を持ったもの含めこちらに向かってくる。こちらも見たくて見ているわけじゃないのに。
「なまえちゃん?」
聞き覚えのない大人びた声に呼ばれて振り返る。わたしの顔を見て、「あぁ、やっぱりそうだ」と告げるその人は、夏油さんだった。まだ幼いころ数回しか会ったことはなかったけれど、記憶の中の夏油さんと然程変わりなく見えた。指名手配中だというのに、わたしに声を掛けてくる傲慢さはやっぱり五条悟の親友だと感じさせられた。夏油さんを前にしても身構える気にならなかったのは、怖くないというよりも「この人には勝てない」という諦めが勝ったからだ。抵抗なんて無意味。そう感じさせるだけのものを、夏油さんは持っていた。
「一人でなにしてるの?迷子?」
「迷子じゃありません〜!」
「なら任務?でもそれ高専の制服じゃないよね?」
「修学旅行ですよ!」
「あぁ、なるほど」
この人にとって、迷子か任務かの選択肢しかなかったのかと思うと、少しばかり張っていた肩の力が全て抜けてしまった。次に聞かれるだろう「どうして一人なの?」の言葉が来ないことに安堵した。それと同時に、呪術師とはそうなのだろうとも思った。皆多かれ少なかれ似たような思いをしてきている。
「案内しようか?って言ってあげたいけど、それは君のこれから出来る友人に託して…うまいものでも食いに行こうか?」
「おいしいもの…」
「パスタとか好きかい?」
ブハ、と今までしたことのない笑い方で笑ってしまった。ここは京都で、夏油さんは袈裟姿で、それいてパスタって……!不釣り合いさがツボにハマってしまって、笑いの坩堝から抜け出せない。
「笑いすぎだろう?」
「だって、可笑しくて…」
「女子中学生はパンケーキとかパスタとか好きじゃないか」
「好きですけど!ここ京都なのに」
わたしがそう言うと夏油さんも滑らかな笑い声を立てる。以前とは違いハーフアップにされた夏油さんの髪が木々と共に風に揺らされた。
「今どきの若い子は何が好きなんだい?」
「…わたし友達いないので…」
「寂しいこと言うなよ」
「友達ってどうやったら出来ますかね?」
「ぶぶ漬けでも食べながら話そうか。パスタはお気に召さなかったようだしね」
夏油さんがわたしの背中に手を当てると、仄かにお香のような香りが好きだと思った。
呪術界は彼に犯罪者の烙印を押した。けれど、一人ぼっちの京都において、夏油さんはわたしにとっての救いだった。善とか悪とかそんなもので推し量れるものではない、救いだった。