朽ちて落ちたリンゴの実

年末年始は実家に帰ることになった。
憂鬱な気持ちを胸に帰路についたのは言うまでもない。家に帰れば正月の準備に勤しむ家族が居た。美容院に行かなくちゃとか、ネイル行かなくちゃとか。見栄えばかり整えたってどうしようもないのにね。わたしの分の着物は用意されいるらしくて、わたしは高みの見物。別に今更着飾って誰かによく思われたいわけでもない。正直どうでもいい。


元日、用意されていた翡翠色の紬に袖を通す。帯は金に牡丹が描かれたものだった。羽織も帯と同じ牡丹柄。見栄っ張りな我が家においてはシンプルで上品な品だなぁと着物に袖を通しながら思った。着飾ったところで行先は五条家なのに。そう考えるとため息しか出ない。

家族全員車に乗り込んで五条家に向かう。わたしがシンデレラだったら、家で留守番させてもらえたのかなって考えたら笑ってしまった。わたしはシンデレラなんて柄じゃない。むしろジャンヌダルクでありたいと思うほうだ。


五条家に着いて門を潜る。庭にある池で、五条悟が鯉に餌をあげていた。五条悟はわたしの姿を見つけて、子供のように早足でこちらに掛けてくる。両親がわたしから一歩下がって頭を下げる。


「なまえ遅かったね」
「来たくなかったし」
「着物着てくれてるのに?」
「え?」
「なまえが着てる着物、僕のと対になってるんだよ?知らなかった?」


後ろにいる両親に視線を送る。誰も目を合わせてくれない。全員知ってたってことか。怒りの声よりため息が先に出た。逆らえないとはいえ、これじゃあ娘を売ってるのと変わりないじゃない。この着物を脱ぐことは今更叶わない。それならせめて、五条悟と並びたくない。そう思って踵を返して歩き出そうとしたところで、「ツナマヨ?」と声を掛けられる。


「狗巻先輩!」
「しゃけ〜」
「こちらこそよろしくお願いします」

まずは新年の挨拶を交わす。次に五条悟のほうを向いた狗巻先輩は、無言でわたしにストールを掛けてくれた。そのせいでいつも隠している口元が露わになってしまう。慌てて掛けられたストールを返そうとするけれど、もう受け取っては貰えなかった。


「高菜、明太子」
「年の差?知らないなぁ。僕まだまだ若いし」
「おかか……」
「妹にしか見えない?棘の目が節穴なんじゃない?」
「…ツナツナ」
「それならどっちが相応しいかみんなに決めてもらおうか?」


狗巻先輩と五条悟が睨み合う。そういえば、わたしがこの前風邪で倒れた時もちょっと揉めてたってパンダ先輩が言ってたような気がする。この二人、名前で呼び合うほど仲がいいと思っていたけど、そうでもないらしい。人間関係って複雑だなぁと受け取って貰えなかったストールを再び巻き付けた。


「あれ?なまえ?」
「憂太ぁ〜〜〜」
「こんぶ!」
「あっれ〜これ僕不利なんじゃない?」
「えーっと僕来ない方がよかった?」
「おかか」
「僕の領域なのに……」
「五条先生、あっちで呼ばれてましたよ?」
「…なまえが一緒じゃないと行かない」


憂太の登場によって、しょぼくれモードに突入してしまった五条悟は、再び池のほとりにしゃがみ込み、鯉に餌をあげ始めた。心配する憂太、気にしない狗巻先輩、ざまぁみろと思うわたし。反応はそれぞれだ。けど、憂太があとで八つ当たりとかされたら嫌だから、隣にしゃがみ込んで「憂太も狗巻先輩も一緒ならわたしも行きます」と声を掛けた。途端に夏に咲く向日葵のように表情を明るくした五条悟は、わたしの手を取って「つかまえた」と言うのだった。

だまされた、と思った時にはもう遅かった。この人はこういう人間なのだ。元旦からカリカリしても仕方ない。諦めて4人で邸宅へと歩を進めた。