今宵も満開のブーゲンビリアを

部屋を留守にしていたのは、ほんの一時間程度だったと思う。
お風呂に入って、髪を乾かして戻ってみれば、わたしの部屋のドアが無残に壊され廊下に転がっていた。泥棒か、ストーカーか、五条悟か。そのいずれかだろうと、そっと部屋の中を覗き込む。


「小娘遅いぞ」

そこに居たのは、宿儺だった。いつまでも完結しない情報が頭を巡る。こんなのまるで、五条悟の無量空処じゃん。そんなどうでもいいことを考えながら部屋の中へ入る。お風呂セットを所定の場所に置いて、まずは真のお辞儀を、ベッドの上で寛いでいらっしゃる宿儺に向かって試みる。茶道やっててよかった。宿儺に失礼がないように接せられる。


「よいよい、そのようなことは」
「はい」
「何故俺がここに来たか分かるか?」
「ぜんっぜんわかんない」
「なまえは正直だな。喜べ、なまえに会いに来てやった」
「え、本当に?」
「マジだ」

見た目は悠仁、中身は宿儺。一つでも失礼があれば、わたしは即あの世行き。けど、不思議と恐怖はなくて、宿儺の寝っ転がっているベッドの端に座った。会いに来た、その事実が本当に嬉しい。目的が他にあったとしても。


「こう見えて俺はなまえを気に入っている」
「うんうん」
「俺の物という証をつけておかねばと思ったわけだ」
「あかし?」

好奇心たっぷりといった表情をした宿儺は、きょとんとしたままの私の首筋を指先でトンと押した。「キスマークというものをつけてやろうと思ってな」とニヤリと笑う。キスマークという思いがけない単語に思わず後ずさりする。宿儺もそういう言葉知ってたんだという気持ちと、自分がこれから何をされるのか分からない恐怖からだった。

「どこで覚えたのそんな言葉」
「知りたいか?」
「…嫌なこと言うなら聞きたくない」
「愛いことを言うな。案ずるな、小僧が見ていた映画で見ただけだ」

悠仁は一体どんな映画を見てるんだってちょっと心配になった。地下室に居た頃はアクションとかファンタジーとかホラーばっかり見てたのにな。考え事をしていると、目の前に宿儺の顔があってびっくりした。背中に手を回され、ベッドの上に押し倒される。手慣れたその行為に嬉しい気持ちより嫉妬の気持ちが勝った。汚い感情が浮かんでいるであろう顔を隠すために、目元を手で覆う。


「顔をよく見せろ」
「やだ」
「今日は気分がいいから聞いてやる、何故だ?」
「宿儺が今まで何人とこういうことしてきたのか考えて見にくい顔してるから」
「馬鹿馬鹿しい」


嘲るように笑った宿儺はわたしの手を浚ってベッドに縫い付けた。そんなこと言わないで。わたしだっていっぱいいっぱいで、宿儺のことが大好きで大好きで、それこそバカみたいに好きで。それだけなんだから。複雑な感情のまま宿儺を見つめる。余裕綽々といった表情の宿儺の顔が近づいてきてキスをする。薄く開いた口から舌を入れられて、ぬるりとした感触のそれと絡めあう。


「…なまえ」
「っん、」
「案ずるな、今はお前だけだ」

唇に吸い付いて離れた宿儺は、そんな愛の言葉を口にする。鼻の奥がツンとするような感覚に襲われながら、抱き着いた。我慢できず零れてしまった涙を宿儺の舌が舐めとる。ざらりとした感覚に背筋がぞわりと反応した。


「今日はクリスマスなのだろう?」
「ん、うん」
「そんな日に俺がここに来てこうしている理由をよくよく考えるのだな」

不敵に笑った宿儺はわたしの首筋にガリっと噛みついて、そのまま強く吸われる。痛いと思ったのは一瞬だった。「俺の物という証だ。消える前にまた着けに来てやる」と長い爪が刺さるほど強く押された。

「今度はドア壊さないでね」
「知るか」
「わたしドア直せないし」
「小僧に直させればよかろう」
「宿儺が壊さなければいいんだよ」


二人ベッドに寝転がって他愛のない話をする。くっついていても文句を言われない。「好き」とか「愛してる」とかきっと宿儺は口にしてくれないだろうけど、わたしは大事に思われてるって思ってていいんだよね?分からないままだけど、曖昧だっていいと思えた。だって、「今はわたしだけ」の言葉を貰えたから。