ブライダルベールの花は散らない

久しぶりに帰ってきた日本は少し埃っぽく感じた。
季節が冬のせいなのか、乾燥した空気のせいか、数多くいる呪霊のせいか。どれが原因かなんてわからないけど、どれも原因になりうると思った。少し咳をしていたせいか、五条先生が飴をくれた。「噛まないで舐めるんだよ」と言って。ここに居た頃と変わりない態度に気持ちが緩んだ。年末年始をここで過ごすことに決めたのは正解だったと思えた。




「憂太〜〜〜!」
「うわ、なまえさん」

どこからか現れたなまえさんがいきなり飛び掛かってきて、受け止めきれずに床に一緒に倒れこむ。ぎゅっと目を瞑って僕に100%身を預けている。今まで気づかなかったけれど、なまえさんは軽くて華奢だ。
ごめん、と言いながらなまえさんは立ち上がって、僕に手を伸ばす。その手を取って起き上がって、「なにやってるんだろうね」って二人笑いあった。


「憂太は実家に帰る?」
「帰らないよ」
「ならわたしも帰るのやめよ〜」

そう言ってなまえさんは丁寧に結われていた髪を解いた。どうやら実家に帰るためのものだったようだ。もったいないと思って手を伸ばす。まだ解き切れていない髪が指に絡んですぐ解けた。前に会った時より伸びた髪を一筋掬って長さを確かめる。いつもと違う髪型のせいだと思っていたのは気のせいだった。なまえさんは僕のいない間に大人っぽさを増していた。こうして笑いあっている僕たちの関係もなまえさんが大人になるにつれて変わっていくのだろう。

ただ、今は、可愛い妹と兄のような関係を大切にしよう。



「なまえさん、今日は一緒にカウントダウンしようか」
「するする!」
「それでそのまま初日の出見に行こう?」
「いいの?」
「たまにはいいんじゃないかな」


僕が日本にいる間にたくさんなまえさんの姿を目に焼き付けておきたいと思った。いつかなまえさんの隣に僕じゃない別の人が立って、年末年始もその人と過ごす日がくるんだろう。左手の薬指の指輪をさすりながら、嬉しそうに笑うなまえさんの姿を見つめた。


「初日の出はどこに見に行こうか?」
「海!海に行きたい!」
「うん、海にしようか」
「二人でだよね?」
「他の人も誘ったほうが良ければ誘う?」
「いい!二人がいい!」


僕に向けられたなまえさんのキラキラの笑顔をこれから何度僕は見られるんだろう。ぽん、となまえさんの頭の上に手を置けば、くすぐったそうになまえさんは目を細めた。

願わくば、少しでも長くこの日々が続きますように。