時計を見ると深夜0時を回ったところだった。
明日は公休。久しぶりにゆっくりしようとベランダに椅子を出してちょっとしたツマミでお酒を嗜んだ。
今日はまだ気温も涼しく風も心地よい。
カランと少し溶けた氷が崩れる。
「美和子さん寝ないんですか?」
早々にシャワーを浴びた高木は月を眺める佐藤に声をかけた。
「あら、もう出たの?」
組んでいた足を解き佐藤は高木の方に顔を向けた。
「昼間はあんなに血に塗れた現場にいたのにね、仕事が終わるといっきに平和だわ」
空に向かってグラスを掲げる。
大きな綺麗な満月がグラス越しに見える。
氷の結露で月も泣いているようだ。
「私生活まで血みどろだったら僕嫌ですよ」
「まぁそうよね」
佐藤はふふっと笑った。
「高木くんは無いの、死にたくなったこと」
「ふぇ?!?!」
突然の質問に飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。
「この仕事をしていたら1度は思ったことがない?」
「と言っても急すぎますよ」
グラスに残っていた酒を一気に飲み干し、佐藤は立ち上がった。
キッチンに行き残った氷に新たにウィスキーを注いだ。
「このウィスキーみたいにここで働きながら何年も何年も熟成されていくと人の死もよくある当たり前のことになっちゃうのよね」
そんなんおかしいわよね。普通なら滅多にない事なのに。
手に持ったグラスをクルクルと回す。
カランカランカラン
乾いた音が響いた。
「私ね、1回だけ死にたいと思ったことあるの」
そう言う彼女はこっちを向かない。
声は震えていた。
「美和子さん今は?」
「死にたくない。絶対生きてやるって思ってる」
「僕もですよ」
僕らは死なない。
たとえ刺されようが撃たれようが。
生きて生きて生き抜く。
「ちょっとお酒のせいかしらね」
「きっとそうですよ。飲んだら全部忘れます」
「ねぇもう少し飲まない?」
「いいですね、あと1杯飲んだら寝ましょう」
2人の手には金色に輝くグラス。
月明かりを受けたそれは、まるで夜空に浮かぶ小さな月のようだった。
「乾杯」
カチンとグラスが触れる。
今夜も必死に生きている。