拝啓 テイルズガーデンの皆様

はじめまして、お久しぶりです。森の屋敷の執事、ディクシット・フルールでございます。この世界への新しい住人の方が非常に多くなったという事ですので今夜、歓迎のパーティをセーラ様・ローラ様を主催に執り行いたいと思います。テイルズガーデンに来て間もない方、テイルズガーデンでの生活にすっかり慣れた方等は問いませんので、是非是非お越しくださいませ。

最近、テイルズガーデンに白とも黒とも言えない噂が円満しております。この世界の存続に不利益かどうかはまだわかりません。ですが、少しでもこの世界の存続に関わる様な悪人がいる可能性を残すわけにもいきません。こちらの話につきましては、屋敷の主が寝静まった深夜に行いたいと思います。噂の正体を知り、必要あらば退治していただけると言う有志の方々を募集しております。どうかその様なお方はパーティの最後まで残っていただくよう、よろしくお願いいたします。


ディクシット ・フルール



屋敷に戻り、フルールからたくさんの招待状を受け取ったセーラは、大きな白い鳥に乗り、空高く飛び上がった
セーラ「さぁ!楽しいパーティーの始まりね!みんな来てくれるかしら!」
セーラは森の上からたくさんの招待状をばらまいた

何通の招待状を書いただろうか。 ここに住む人間の数よりは明らかに多く書かれているだろう。
そう、私はディクシット ・フルール。屋敷を、2人の人形の少女を護るためにこの世界に舞い降りた男。 断定はできないので表現を和らげたが、おそらく噂の正体はこの世界の癌。潰さねばならない。
「──この世界中の人間を使いこなして、必ずや世界を守ってみせる。」
双子は招待状を配りに行った。残りの者は客室で休んでもらった。 隠しておいた銃のメンテナンスをひとしきり済ませ、元の場所に戻す。
さぁ、この世界の秩序を乱す悪鬼羅刹め、どこからでもかかってくるがいいさ。覚悟の瞳は、いつもの温厚な彼の瞳からは考えられない、鬼の瞳だった。



チェリー「遊びに…ですか、そうですね。…これは?」

返答をしかけたところで、空から何かの紙片がひらひらと舞落ちてくる。器用にそれを手に取ると、指で表面をなぞった。文字は見えないが、インクのある部分とない部分を指で触って確認することで読むことは出来た。

「…招待状」

パーティ、知ってはいるが、自分はゲストというよりホスト側のスタッフでしか参加したことが無い。

菜々瀬「……?なにそれ、招待状……?」

話題が曖昧な展開で終わってしまったことよりも、新しく目に入るものに対して興味を示す。文字通りの記述を隣で確認するが、何を目的とした招待なのかはハッキリしない。とりあえず楽しいイベントか何かだと見当をつけて、今の時点から湧き上がる高揚を感じる。ディスコ的なものだろうか。

チェリー「どうしましょう?」

自分で意思決定を行う事は苦手だった。基本的に命令されたことをこなすだけの存在だったから、自分の行動を自分で決めるというのは殆ど経験がない。
ぽけべる探しを優先させるか、この招待に乗るか…判断を菜々瀬に委ねることにした

菜々瀬「行こっか!楽しそうだし、私の捜し物は一旦パスってことで!」

あまり複雑なことを考えられない頭だが、なるべく現地の情報は多い方が良いと判断するには容易らしかった。事が上手く運べば大切な物の所在についても明らかになるかもしれないし、そうなれば一石二鳥である。

チェリー「わかりました。そうしましょう、ただ…」

途中の文章、ただのインクとは感触の違う何かで書かれた部分の文字を改めて確認する。目が見えず、感触だけで手紙を読む彼女はそれが炙り出しでしか見えないものとは分からず、菜々瀬も見えていると勘違いして菜々瀬に話しかける。

「少し、剣呑な雰囲気のある内容ではありますね。退治というのは」

菜々瀬「けんのん……?退治って何のこと?」

鬼退治のことだろうかなどと考えていると、今は節分の季節だったかと首を傾げる。そもそもそんな文章は覗いたところ見当たらず、彼女には一体どこにそのような文言が見えているのか全く不明である。何にしろ楽しいイベントが待ち遠しいといった様子で上半身をゆったりと揺らす。

チェリー「いえ、真ん中辺りに書いていませんか?…この辺りです」

自分の手紙を見せながら、菜々瀬には空白にしか見えない部分を指さす。もしかして招待状に書かれている内容が違うのだろうかと首を少し傾げる。

「いや…もしかすると…」

手紙に顔を近づける。インクの質が少し違うとは思ったが…それにしても少し変わった匂いだ。もしかすると、視覚的には見えない何かで書かれているのかもしれない。

菜々瀬「……ええ?いや、特には何も──?」

幸か不幸か、菜々瀬は常人と比べると目が良い方であった。チェリーの指す箇所を注視していると、確かに奇妙に空白が作られており、意図的な仕様に見えなくもない。そこに、さらに凝視すると、本当に微かな異変を認めるが、それが明確に文字かどうかは判別できない。今度はどうしたらこれをハッキリと視認できるようになるのか、指の関節を口に当てて考える。

チェリー「そう言えば…聞いたことがあります。熱を加えて初めて発色する無色透明の塗料で文字を書く方法があると。私はそもそも視覚に頼っていないので分かりませんでしたが…」

だとすれば、納得がいく。手元に火も発熱するものもないので菜々瀬に見せる事は出来ないが、自分が読めばいいだけの話だ。

「ええと、ここには…」

炙り出しの部分に書かれた文字を読み上げる

菜々瀬「……あ、悪人ってなんのことだろう、ディクシなんとかって、どういう人なんだろう?」

少し遠回しな記述に未だ事の顛末を掴めずにいるが、何やら彼女の口から物騒な単語がいくつか並んだのは聞き取った。然し世界の存続だとか、スケールの大きすぎる問題をそこまで淡々と提示されても勿論追いつかない。だから危機感が直ぐ伴うかというと、それは別問題である。

「……ていうか、触るだけで読めるってすごいね、魔法みたい……」

純粋な子供心がチェリーの特技らしきものに、尊敬の意を示す。

チェリー「ただ触感が鋭いだけです…訓練すれば出来るものです」

褒められた、あまり経験のないことだが悪い気はしない。なんだか胸の奥がこそばゆい感じがして謙遜する。謙遜、というのもしたことがないことだった。正確には、する機会がなかったのだが…。

「ちょっと危ない可能性もありますが、行きますか?」

再度確認、この内容を聞いて気が変わる可能性もある。

菜々瀬「……うん、行ってみないことにはわからないでしょ、何事も経験だって誰かが言ってた!」

誰が言ったのかは定かではないが、記憶について探りを入れる度に、どうも心臓に釣り針を刺されたようなモヤモヤを覚えるのを段々と自覚してきた。一体私はここに来る前に何をしていたのか、それをこのパーティーへの参加で少しは手がかりが掴めると良いのだが。

「チェリーも、それで大丈夫?」
ここまで会話していて、初めてちゃんと彼女の名前を呼んだ自分にスッキリして、少し口角が上がった。

チェリー「…っ、大丈夫…です」

名前を、呼ばれた。一体いつぶりだろう。親しげに自分の名前を呼ばれる、ただそれだけのことがこんなにも嬉しいとは自分でも予想がつかず、一瞬言葉に詰まってしまう。
自分も、相手の…菜々瀬の名を呼んだ方がいいのだろうか。そんな考えが頭を過ぎるが、勇気が出ずに話を変えてしまう。

「屋敷…は、多分あちらの方にある建物ですね」

森の方を指さして案内するように歩きだす。いつか名前を呼んでみたい、そんな淡く暖かな夢を胸に押し込んで。

菜々瀬「へへっ、じゃあ、ついていきま〜す!案内しくよろですっ」

ポケベルを捜索している途中までは、元の状態、つまりは日本に帰ることが目標であったのだが、今はそれを心の内で撤回していた。少し足を伸ばして東京の有名ディスコへ赴く時や、バイトで稼いだ給料を使って学生身分に見合わぬ豪遊をする時より、現在この地で一人の友人ができたということに、何より快感とも幸福ともつかぬ複雑な心情を秘めているのであった。


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