救いたがり

「あ!名字さん!この間はありがとうございました!」

あの少年が嫌いだった。
最初は、蟲の柱胡蝶様。
いいえ、水の柱、冨岡様かしら。


死という沼に張る薄氷の上を、必死に駆ける。名前は、鬼殺隊の隊士のことを、そう思っている。
そうして、必死に生きるさまが美しいと思っている。その中で、何よりも美しいのはその先頭を走る柱たち。
名前は、鬼の後始末をしている時の柱たちの表情がすきだった。
人を、ひいては鬼をも超えた強さを手に入れているのに、突かれれば脆く壊れてしまいそうな、そんな顔が好きだった。

「…竈門隊士。」

彼が鬼殺の隊士となってからというものの、隠の名前は彼とかかわることが多かった。
話を聞いた時には心躍ったものだ。鬼殺隊史上初の鬼を連れた隊士。どんな事情があるにせよ、彼の表情はきっと、柱に勝るとも劣らないものであるだろうと。

だけれども、彼の表情はそんなものを感じさせない、とても強い、優しい表情をしている。いつも、どんな時も。
それだけではない。
彼とかかわると、どうしてかそんな脆かった柱の顔が垣間見えなくなっていくのだ。

「今日は天気がとてもいいですね!あれ、名字さん、何かあったんですか?」
「なにもないけれど。」
「そうですか、ならよかったです!機嫌が悪そうな匂いがしたので、おなかでも空いているのかなあと思って!」


にっこりと笑う目の前の少年、竈門炭治郎。彼は、本当にいい子なのだろうな、と名前は思う。
だからこそ、余計に嫌い。ぺこと頭を下げて、横を過ぎながら小さく歯ぎしりをする。
名前はわかっている。柱たちの表情もそうだけれど、彼とかかわるとそんな不純なことを考えて苛々とする自分も嫌いになるのだ。

その場から遠く離れて立ち止まる。顔を上げると、まぶしい日の光が視界に入る。
「…むかつく。」
つぶやいた言葉は空に消える。
自分が人と違う思考なことも分かっている。それも含めて自分だと自負しているはずなのに、彼とかかわると悪いことをしているような気持になる。
頭を振って、名前はまた歩き出す。蝶屋敷に行って、負傷の隊士の様子を見に行かなければ。彼の体調がよくなっていたら、刀鍛冶の里に連れて行かなければならない。こういう時には仕事が一番である。名前は理解している、それが自分であるから。と、言い聞かせるように歩調を早めようとした。

「名字さん!」
「はっ…!?」

肩を強くひかれたかと思えば、後ろに立っていたのは苛々の原因であった。「やっぱり心配だったので、」そういいながら彼は追いかけてきていたらしい。
不快。本当に不快、不快、不快だ。
あからさまに眉がひそまるのが自分でもわかる。もう隠そうとすら思わないほどに、苛々、する。

「お前の、その、偽善者みたいな、それが嫌い。」
「えっ!」
「苛々するんだ。自分は綺麗だとでも言いたいのか。私は汚いとでも言いたいのか。」
「え、ちょ、っとなにを、」
「もうかかわって来ないで。お前は私には眩しい。私みたいな日陰者とは違う。」

言葉を吐きながら、自分でも理不尽だなと名前は思う。
けれども一度毒づいた言葉は止まらない。病のようにどんどんと理不尽な言葉があふれて、止まらない。

「あの名字さん、ごめんなさい、でも」
さすがの炭治郎も戸惑いに瞳が揺れる。両肩を強くつかまれて、はた、と瞳がかち合った。

「俺は名字さんのこと好きです!」

え。と、口から出ていた毒が止まった。

「いつも任務先で手当てしてくれる時は優しいし、仕事は早いし、禰豆子に対してもとても優しい!たまに変わった匂いはするけれど、俺は、人として、貴女のことは大好きです!」

沈黙が二人を包む。名前の頭の中は完全に混乱している。
は、目の前の人間は、何を言った?好きです?今の今までさんざん、自分のことを嫌いだとのたまった相手に?
戸惑いが止まらない名前は、思わず後ずさる。肩に置かれた手を振りほどいて逃げようとすると、炭治郎はさらに強く肩に力を入れた。

「貴女がなんて言おうと!俺は、名字さんは素敵な人だとおもいます!」

そう言って、炭治郎は真剣な目で名前を見つめた。
純粋で真っすぐな赫の色。こんなに綺麗な目は、私にはできない。戸惑いに満ちた心がくらくらと曇っていく。

「お前みたいな、綺麗な人に言われても、」

「名字さんは、素敵です!俺が保証します!」

「ほんっと、人の話聞かないし…ほんと、嫌い」

「俺は炭焼き小屋の息子なので!頑固だとよく言われます!」

けれど真っすぐなこの視線と合わせると、はあというため息しか出ない。
苛々という感情よりももはや呆れが強くなってくる。きっと彼はもうどういっても響かない。し、別に名前ももうこれ以上言う気力もない。

「俺は名字さんにたくさん助けられていますし、きっとこれからも助けてもらうと思います!
だから俺は名字さんが俺のことを嫌いでも、俺はきっと名字さんのことをずっと好きですよ!」

「そんな、聞く人によっては誤解を招くようなこと、大声で言うのやめてくれる…」

しゃがみこんだその時、気づいてしまった。
結局、好きなものに胸を張れなかったのは自分なのだ。だからこんなにも真っすぐな人間に苛立ちを感じる。こんな私のことであっても、好感を持てるといってくれた少年にハッとした。
けれども気づかされた相手が悪い。認めたくはない、と思う。けれども心は軽くなった気がする。し、本当に気に入らない。



「…ごめん、竈門隊士。」
「いえ!名字さんが、笑ってくれて俺はうれしいです!」

過ぎた純は、ある種恐ろしい。
では!と言って去っていく市松柄の後姿を見て思う。

どこか儚い人を見ていると、心が落ち着いた。遙か高みにいるのに、どこか自分に自信がないように見えて、あんな人たちですらそんなに弱いところがあるんだって安心した。
だから柱が好きだった。

けれど、あの市松を見ていると心が落ち着かない。
好きではない。それは揺らがない。けれども、嫌いでも、ないかもしれない。
「…むか、つく。」

同じ言葉。けれどあれから一刻もたっていないのに、名前の表情は、少し柔らかかった。
きっと、誰かからそれを指摘されてしまえば、名前はまだ、ムッとしてしまうのだろうけれど。


tallone