現パロ
先生にあこがれる時期って、絶対に一度はあると思う。
特に教育実習生なんて、花の女子高生にとっては一度はあこがれるシチュエーションじゃないだろうか。
「実習で来ました、不死川です。悲鳴嶼先生に着くことになります。よろしくお願いします。」
教室がにわかに騒がしくなるのも納得する。教育実習生が男の人なだけでもジョシコーセーにとっては事件なのに、それがワイルドな色気醸し出す悪みのある男だなんて、大事件だ。
女子だけがきゃあきゃあ騒いでると思いきや、男子もざわざわとしている。まあ、アニキって感じ、するかもだもんね。
前から三番目の窓側の席は、教室がよく見えるし、睡眠にも向いている。
窓際の一番後ろとか、とにかく一番後ろ、って昔は思っていたけれど、実は三番目くらいが一番目立たなくていい席だってことに気づいたのは最近だ。
特に教育実習生なんて来たら、後ろに立つだろうしね。
しばらく席替えの予定はないし、ラッキー。心の中で思っていると、案の定悲鳴嶼先生が、不死川先生を教室の後ろに促す。
後ろに向かう姿を見て、ピシッと伸びた背筋にちょっとだけ意外性を感じた。
不死川先生は、あっという間に人気者になった。
お昼休みは必ずどこかしらのグループに呼ばれているし、数学教師希望なことも彼の好ポイント点らしく数学の授業終わりには彼の周りに人が群がる。
うちのクラスのギャルグループからはさねみちゃんなんてよばれているし、男子からは先生じゃなくて先輩、って呼ばれてたりする。
終始人に囲まれているから、そんな中かき分けてぐいぐい話しかけに行こうだなんて思わないけれど、ちょっとくらい喋ってみたかったな。
先陣切っていけるようなキャラじゃないけど、私だって女子高生だ。
かっこいい実習生なんて、ぜひともお近づきになりたい。
「ま、そんな度胸無いんですけどー…」
だって帰り際、悲鳴嶼先生からの頼まれ事、嘘ついて断わって帰ることもできないもん。
まあ、家に帰ってからの用なんて、ドラマの再放送見るくらいだからいいんだけれど。
頼み事は、現文のノートの返却だなんてすぐ終わりそうなことだったし、ありがとうってこっそり飴ちゃんなんかもらっちゃったし、まあいいか、
数か月過ごしていても、意外とクラスメイトの席なんて覚えていないものだ。
教卓に張ってある席表を見ながら、ストンストンと引き出しに返却のノートを入れておく。
ふ、と座席表をみると、二枚重なっていることに気づいた。
綺麗に、まるで隠しているかのように重ねられた紙を引き出すと、同じ座席表の紙に、細かく書き込まれたものが出てきた。
田中、ギャル。ハンバーガーやでバイトしてる。
遠藤、坊主。野球が好きらしい
植田、文化部。よく図書室にいる。眼鏡かけてる
名字、良く寝てる。
「…ばれてんじゃん。」
数学の添削の時と同じ、形の整ったきれいな字で、細かく書き込まれているのは、たぶんあの実習生の先生のカンペだろう。
気になって自分のところを指でたどってみていると、自分じゃうまく隠せていると思っていたのに、しっかりと寝ていることが書かれていた。
…それ以外に書くことないのもさみしいよねぇ。ま、話してないからしょうがないんだけどさ。
強面実習生のかわいい一面を見つけて口元は自然と緩んだけれど、ちょっと心はもやっとする。
なんとなく、見てしまったことをばれたくなくて、元あった場所に綺麗に戻そうと、紙を滑り込ませた。
「オイ、なに見てんだァ」
うまく入らなくて、かがんで奮闘していると、今できるなら聞きたくはなかった声が聞こえた。
案の定その紙の持ち主が、少し焦ったような顔でこちらを見ている。
「すみません、やっぱり不死川先生のやつですよね。見ちゃってごめんなさい。」
「いや別に俺が置いてんだから、なに見てんだもくそもねえよな」
焦った顔だと思ったのは、照れ臭そうな顔に変わった。両耳が真っ赤な不死川先生は、大人の男の人なのにかわいいななんて思ってしまう。
「でもなちょっとこれ見られるのは恥ずかしいんだ。」そう言って、先生は私の手からその紙をするりと取った。
「…寝てるの、ばれてたんですね。」
沈黙が気まずくて、口をついて出たのはさっき見た座席表のことだった。
自分でも驚く。思っていたよりもだいぶ気にしていたらしい。すかさず、いやいや話してすらないじゃないって、脳内で自分で自分に突っ込む。
「あー?…俺も学生のころよォ、そのあたりの席が一番寝れるって気付いたんだよなァ。
同じことしてるやついんなぁって思ってたんだよ」
そういって、先生はいたずらっぽく笑った。
不意打ちってずるいと思う。顔に熱が集まってくるのがわかる。いつも、遠くから見てるけど、そんな笑い方知らない。
教育実習生って、本当に厄介だと思う。
先生相手なら無い無いって思っちゃうのに、下手に近く感じるからか、しっかりとときめいてしまう。
「先生、真面目そうなのに。寝たりとかもするんですね」
「あァ?寝たことない学生とかいんのかよ」
声、上ずってないかな。
自然と髪に手が伸びて、なんとなく髪を梳かす。自分が照れているのが伝わっていそうでなんだかむずむずする。
放課後、傾いた陽が差し込む教室、二人きり。
まるで自分が小説の主人公になったみたいな感覚。
「わたし、ずっと不死川先生とお話してみたかったんです。けど、いざ話そうって思うと、何話していいか分からないものですね。」
「そうなのか?てっきりかかわりたくねえのかと思ってた」
「不死川先生、かっこいいから。みんな話してみたいって、思ってますよ」
ガタ、と音がしたかと思うと、次いで先生が後ずさった。
真っ赤なのが耳だけでなく、顔全体に広がっている先生は、本当にリンゴみたいだ。
「……名字みたいな、落ち着いてるやつに言われたら照れるだろォよ。」
…そんなこと、そんな風に言われたら、こっちのほうが照れる。
さっき梳かした髪にぐしゃっと手を置かれて、暗くなる前に帰れ、なんて乱雑に撫でられた。
ねえ、ちょっと。いまどきジョシコーセーの髪なんて、気安く触ったらダメなんだよ。嫌がられることのほうが多いんだから。
そんなこと思っても口に出せないのは、拒否する度胸もないからであって、決して触られたことがうれしいからじゃない。
決して違う。
…でも、明日からはちょっと、もうちょっと、頑張って不死川先生に話しかけてみようかな。
もうだいぶ前を歩く不死川先生の背筋は、あの紹介の日ほどピンとは張っていなかった。
そんな少しのことでも気付いてしまったと緩む口元。誰も見ていないけれど、それを掌で隠す私はきっと、もう先生のことが。