※喫煙表現有。推奨はしておりません
スゥと吸い込んだ煙、少しだけ息苦しく感じるけれどその息苦しさがたまらないなんて名前は思う。
続けると命を縮めるともいわれるその煙が、どうにも心地良い。
「やめろって言っただろ」
「あ、」
貴重な紙煙草は、名前の口から抜き取られる。それを持つ手の主は、やはりというべきか実弥であった。
鬼殺隊に入ってからの歴は自分のほうが長いというのにも関わらず、あっという間に柱にまで上り詰めたかわいくない後輩上司。
いつも実弥は、名前が煙草を吸うのを邪魔する。
「くせえんだよ」
「わざわざ、近くによらなければいいじゃない。」
「うるせえなァ」
「こっちのセリフ。いつもいつも人がすってたら邪魔しやがって。別に安くはないんだよ、それ。」
眉をひそめてこちらをにらんでくる実弥と、名前は同じ顔をする。
名前は思う。死と隣り合わせのこの鬼殺隊の中で生きていくには感情を整理づけなければいけない、と。
鬼とはいえ、元は人である。人を喰った、人だったものを名前は殺している。無知で、ただ恐ろしいものを殺していると考えていたあの頃と、きっと今は別人だと思った。けれど、殺さなければ大勢の人が死ぬのも理解している。そんな気持ちと折り合いをつけるのに、この苦い苦しい煙は心地いい。
「じゃあ、やめればいいだろうが」
「実弥に関係ないだろう。今すぐ死ぬもんじゃないんだ」
「死ぬ可能性は高くなるって、胡蝶がボヤいてた」
「だから、今すぐ死ぬってわけじゃないていってる。息抜きくらいさせてくれ、風柱様。」
名前がそういえ言えば、実弥はぎろりと音がつくくらいの視線を向けた。彼はいつも血走ったような眼をしているけれど、今のそれには違う意思もあるように感じる。
実弥は手に持っていた煙草に水をかけて、そうして塵箱に捨てた。
「それでも、死ぬ可能性が上がるモンを吸ってるお前の気が知れねえ」
「あのさ、実弥。こんな生業なんだ、いつ死ぬか分からない。好きなことくらいさせておくれよ」
ダン、と実弥は足を鳴らした。
苛立ったように足を鳴らす姿は駄々を捏ねる子供のようだ。常よりしつこい彼に、名前としてもどういう顔をしていいのかわからない。
名前の戸惑いなど知らない実弥は言葉を続ける。
「体力も落ちると胡蝶が言っていた」
「ああ、そうみたいだね。けれど大丈夫さ、鍛錬も欠かしてはいない」
「俺より弱ェくせに」
「あ?」
かわいげがないにもほどがある。実弥と名前がであったころには彼は手負いの猛獣のようであった。後に少しはかわいげも出てきたものの、いまとなってはそんなものもすっかりなりを潜めている。
確かに彼よりは名前は弱い。だけれども、そんな言い方をしなくたっていいとも思う。
煙草よりそんな言葉のほうがよほど苦いし苦しい。
「俺たちァ一匹でも多くの鬼を殺さなきゃならねえ、生きてる間にだァ。なのにどうして命を縮めるものなんざ吸いやがる。理由を言え。」
そういえば、彼にはたばこを吸う理由だなんてことは一つも言ったことはないと名前は思った。
言う必要もないものだ。自分の中では今大事な位置づけでも、彼への言葉にしてしまえばそんなことかと思われて、思ってもしまうだろう。
けれども実弥は、言わないと逃がさないとでもいうように視線を向けている。
「・・・気がね、紛れるんだよ。これを吸っていると。」
苦くて、肺に入れると少しだけ苦しくて、深く吸えばくらりとする。香りは好んじゃいないが、その感覚は捨てられない。
依存性が高いと胡蝶も言っていたな、とふと名前は思った。思い返してみてもいいことはあまりない。
「あとは口寂しさと、それとね。…生きていると、実感できるだろう」
そうだこんなご時世だ。身内もいない、親しい友も死んでいく。名前であろうと実弥であろうと、よかった無事だったねと笑える明日への補償なんて一つもない世で、さらに言えば職なのだ。
だからだ、と名前は自身を嘲るように笑った。
「チッ」
「っ、ん」
笑う名前の顔に苛立たしげに舌を打った実弥は、名前の隊服の襟を捻り自分へと寄せ、突き合せるかのように口付けた。
甘美な口吸いとはとても言えない、攻撃的なそれに名前は目を見開く。
けれど離れたのちの実弥の顔を見れば、何も言えなかった。
どうしてか悔しげな顔で名前をにらむ実弥は、彼女からすれば泣きそうにすら見えたのだ。
「お前はそれじゃねェと生きてると思えないのか」
そうなのだけれど、なんとなく名前は黙ってその続きを待たねばならない気がした。
震える実弥の唇は言葉を続ける。
「俺は帰ってお前を見れば、生きていると感じる」
「…実弥は、罪作りな男だな」
「うるせえ。そんなものに頼るな。そんな理由なら生きている俺を頼りやがれ」
「実弥が死んだらどうしろと」
「俺はお前より先になんか絶対死なねェ」
当代風柱はなんて横暴なんだ、と名前は笑った。
本当に横暴だ、と改めて名前は思う。けれどそれくらいでなければ、あの感覚は捨てられないとも思った。
フゥフゥと逆毛だった猫のような実弥の、その開け広げた胸元に名前は唇を寄せる。
「なあ、風柱様。頼むよ。そう言って先にいかれたら、本数を増やさざるを得なくなる」
「万一そうなったらうるさく言うやつもいねえがなァ」
絶対だなんていった割には、そう言って鼻で笑う。まったくもって横暴である。
けれどその横暴さに鳴る鼓動は、たしかに生きていると感じさせてくれる。
寄せた胸元からはとくんとくんと鳴る音。煙を吸うときよりも、ああたしかにこれは気が落ち着くと、名前は耳を寄せ顔を上げた。
今度はゆっくりと寄せられた唇を重ねる。
苦ェという実弥に、私は苦くないと名前は笑った。