「え、」 「気が変わらないうちに入って。」 そう言えば、なにがなんだかわからないというような顔の彼はされるがままに立ち上がり、ドアのすぐ横に立った。なあ、とかおい、とか横から声をかけられるけれど無視してとりあえず鍵を開ける。 先にドアの中に入ると、やはりぽかんとした顔のままの青年は入ろうとはせずに棒立ちしていた。 促すとようやく中に入る。お邪魔します、だなんていって入る感じを見るとどうも礼儀はしっかりしているようだ。とんでもなく寝起きは悪そうだけれど。 ちら、と見れば足元は靴のまま。前言撤回、こいつの礼儀どうなってる。 「ねえ、靴脱いでくれる?」 「靴?地獄の家は靴を脱ぐのか?」 「普通脱ぐでしょ…もう、いいかげんちゃんと起きてよね。ご飯食べたら自分の部屋帰ってよ。」 納得のいかないような顔で靴を脱ぐ彼は、けれどもご飯というワードにつられているのか大人しくこちらに歩いてくる。 部屋の電気をつけると、彼は驚いたように周りを見渡した。明るいところで見ると彼はかなり顔が整っていて少し驚いた。 「嫌いなものある?ちょっと待ってて、温めてすぐ出すから。」 座ってて、と続けてローテーブルのそばにクッションを敷く。大人しく座る彼は、周りを興味深そうにキョロキョロと見まわしていた。 返事がないということはないという認識でいいんだろう。いまだに地獄だのなんだのぶつぶつ言っているような声がかすかに聞こえるけれど気にしてたってしょうがない。 持ち帰った容器の中には、今日仕込んだキッシュやチキンライスが入っている。 キッシュはグリルコンロで温めればいいし、チキンライスはレンジで温めよう。ただチキンライスだとちょっと寂しい気もするから卵を乗せてオムライスにしようかな。冷凍庫に豚肉コマがあったからそれと野菜をいためて…あと一昨日作ったカボチャスープは冷たいままでも出せるし…十分かな。 溶いた卵を温めたフライパンに流し込むと控えめにじゅうと音が鳴る。 キッシュと合わせるのであればどちらも卵感が強いから、オムライスは半熟にして食感を少し変えようかな。 いつもは半ば作業みたいに温めるだけの帰宅後のご飯も、人に作るとなればやはり楽しいなと思えてくるのだから不思議だ。 冷蔵庫から取り出したお茶をグラスに注いで、彼の元にもっていく。 大人しいけれど落ち着きはなく視線はやっぱり彷徨っているように見える。おそらく年下であろう彼はもしかすると今になって緊張しているのだろうか。 けれど皿に盛り付けなおしたキッシュやオムライスなどのご飯をテーブルに並べると視線はそこにくぎ付けになった。 子供みたいに佇まいを直して、召し上がれと言われるのを待っているかのようにそわそわする。 スプーンとフォークも置いて、私も別のクッションに腰かけた。 「はい、どうぞ。」 「これ、食っていいのか?」 「いいって言ってるじゃない。」 「・・・いた、だきます」 手を合わせて、彼は勢いよくキッシュを口に含んだ。 え・・・一口?彼の一口は本当に大きいようで、掃除機みたいに彼の口には食べ物が吸い込まれていく。 本当に瞬く間に彼の前に並べた食べ物は無くなって、ふぅ、と息を吐いてお茶も飲み干した。 「ごちそうさん!この飯うめェなあ!!地獄の飯もうめェんだな!」 まあ贅沢言うならちっと量は足りねえけどよ!そういって、目の前の彼はにかっと笑う。 うめえが何よりもの誉め言葉だ。それは素直にうれしく思う。けれどまだ寝ぼけているのか、本当に本気で言っている頭のおかしい人間なのか、何とも言えずに彼を見つめる。 ご飯はあげたしもう食べ終わった。もう後は追い出すだけなのだが、どうにも彼は放っておけない雰囲気がある。 なあ、とこちらに声をかけた彼は、笑顔と打って変わって少しだけ不安なような、そんな顔でこちらを見た。 「もしかしてここは天国なのか?おれは、死んだら絶対地獄に行くもんだと思ってたんだけど、天国に来れてんのか!?」 また言ってる。 「ねえ、もうご飯も食べたし酔いも冷めたでしょ。だいたいなんなのよ、天国だの地獄だの、まるで死んだ後の人みたいなこと、」 また、ぱちくりとこちらを見る青年は、一拍置いて困ったように笑う。 「おれ、死んだんだ。さっき。」