恋よ、前進せよ 11

目を開いて、一番最初に飛び込んできたスペインの寝顔をしばらく見つめる。何度かまばたきし、ロマーノは昨夜のことを少しずつ思い出した。
静かに上体を起こし、ベッドにわずかに引っかかっているスーツのジャケットや、床に落ちているスラックスを見て、はあっとため息をつく。
カーテンが開きっぱなしになっているせいで、眩しいぐらいに差し込む朝日に目を細めつつ、ロマーノは欠伸をひとつ漏らした。ロマーノのすぐ隣では、気持ちよさそうにスペインが眠っている。時間としては、二度寝をしたらそのままチェックアウトを過ぎてしまいそうな、微妙な時間になっていた。
「……腫れてる気がする」
ぼそっと呟きながら、ロマーノは自身の目元を指でなぞった。熱は持っていないが、平素より目蓋が重い気がする。
昨夜、スペインがロマーノの中に入ってきた時、ロマーノが感極まって大泣きしてしまった。セックスの最中とは思えないほどの号泣さに、すっかりそういうムードがなくなってしまい、そこでセックスはうやむやとなってしまった。ロマーノを抱きしめて宥めていたスペインと一緒にシャワーを浴び、そのまま健康的に朝まで眠ったのだ。
それを思い出すと、ロマーノは顔どころか体中赤くなって、顔を伏せてしまう。ベッドの中で号泣してしまうなんて、まるで子供のようで不甲斐なく、情けなくて恥ずかしかった。
「……ロマ?」
眠そうな声がして、ロマーノはスペインの方へ振り返った。スペインは半分も開いていない眠気眼で、ロマーノを見上げている。
「もう起きたん?」
「もうってほど早くねえけどな」
昨夜は少し眠るのが遅くなってしまったので、まだ眠いのだろう。目を擦りつつスペインは欠伸をした。ロマーノとてまだ眠かったが、例に漏れず腹が空いたので目が覚めただけである。ロマーノの腹時計は、どんな時計よりも正確だった。
必死に起きようとしているスペインを見て、ロマーノは苦笑する。ロマーノは今からシャワーでも浴びようと思っていたので、何も今すぐ起きる必要はなかった。寝癖がついたスペインの髪を梳くように頭を撫でると、エメラルドの瞳が気持ちよさそうに細められる。
二度寝でもするのかと思えたが、スペインはご機嫌になって上体を起こした。お互いパンツしか身に着けていない半裸状態のまま、ベッドの上で見つめ合う。にこにこしていたスペインは、ふとロマーノの顔を見て眉を下げた。
「ああ……目、腫れてもうてる」
遠慮のないスペインの指が、ロマーノの目蓋を撫でた。わかっていたことなので特に驚くこともなく、ロマーノは「そうだな」と抑揚なく返した。
「そんなことより……その、昨日は悪かった、な……」
「ん? 何が?」
わかっていなさそうに首を傾げるスペインに、気恥ずかしくなってロマーノは目を逸らした。その顔が赤くなっている。
「だから……泣いたりして……」
痛みや恐怖で泣いていたのならまだしも、ロマーノは繋がった瞬間に、嬉しくて泣いてしまったのだ。なんとも身の置き場がない。
そうやって恥ずかしがっているロマーノに、スペインは「ああ」と納得したように頷いた。
「謝らんでや。俺は嬉しかってんで? ロマーノに好きって言ってもらえて」
言葉通り、嬉しそうに告げられたスペインの言葉に、ぐっとロマーノが唇を噛んだ。思い返せば叫びだしたくなる衝動を抑えなければならないほど、昨夜の自身の行動が恥ずかしかった。
今まで拗らせた片想いを全て吐露するような勢いだったせいか、お陰で今朝はなんだかスッキリとしていたが、新たな黒歴史を刻んだ夜だった。
ましてやスペインを振り回す予定だったというのに、結局ロマーノの方が振り回され、無駄に時間をかけて恋人になってしまった。自身は今まで何をしていたのだろうとロマーノは頭を抱えたくなるが、しかし今のロマーノにスペインの想いを疑う気持ちはもうない。
好きだと散々言われ、たくさん愛情表現という名のスキンシップをロマーノは受けた。今更、スペインから向けられる好意のどこを疑えばいいのか。親愛も恋愛も、何もかも含んだもの全てが、ロマーノに向けられていた。
「……バカなヤツ」
「え? 何が?」
愚直に愛を伝えてくるスペイン。そんな相手だったからこそ、捻くれたロマーノはやっと相手の愛を信じられた。なんだか馬鹿みたいに思えるほど、ロマーノにはスペインしかいない気がして、腹が立つ。
ロマーノが頬を指でつまんで引っ張ると、スペインは訳が分かっていないながら、困ったように笑っていた。
「それより、目冷やさな。タオル濡らしてくるわ」
今にもベッドから立ち上がりそうだったスペインの手を、ロマーノが掴んだ。きょとんと目を見開いてベッドに戻されたスペインは、不思議そうにロマーノを見た。そんなスペインを、顔を赤くしてロマーノは睨みつける。
「朝、起きたら……するんだろ」
一瞬、何を言われているのかわからず固まったスペインは、すぐ閃いて目を輝かせた。くすくすと嬉しそうに笑い、赤くなったロマーノの丸い頬を指で撫でる。
「せやったな……おはよう。Mi amor」
少し腫れた目蓋にひとつ。赤い頬にひとつ。そして恋人だからこそ許される唇に。二人だけの特別な習慣は、まだこれから始まったばかりである。



「ゆうべはおたのしみでしたね」
ホテルのロビーまで下りてくると、なぜかそこにはヴェネチアーノとフランスがいた。当然のようにロマーノとスペインに絡んだフランスの第一声が、それである。
「なっ……!?」
ニヤニヤしているフランスに、ロマーノだけが真っ赤になる。意味がわかっていない様子のスペインとヴェネチアーノは、二人の様子を見て首を傾げていた。
「いやー言わなきゃいけない気がして」
「余計な気遣いやめろ! ヴァッファンクーロ!」
「さっきのどういう意味なん?」
「お前は気にしなくていい!」
「なんか日本が言ってたことあるようなないよな……」
「お前は思い出すな!」
鼻息を荒げながら、ロマーノはひとりで怒鳴り散らしている。少し前までスペインとイチャイチャして大変機嫌が良かったというのに、周りに絡まれた途端にこれである。ましてやフランスはそういうロマーノを面白がっている節があるので、一層ロマーノは腹立たしかった。
「あ、そや。フランスとイタちゃん」
じっとフランスを睨みつけていたロマーノの肩を、ぐいっとスペインが引いた。肩が触れ合うほど近く引き寄せられ、ロマーノの不機嫌な目はスペインに移った。
「ちゃんと恋人になったで!」
「なっ……!?」
「おおっ」
「えーっ!」
突然事実を暴露され、ロマーノが赤面して固まった。そうしている間に、大きな声を上げたヴェネチアーノがスペインに抱き着く。
「おめでとう、スペイン兄ちゃん! よかったね〜!」
「ありがとう! 二人にはほんま世話になったわぁ」
抱き合いながら騒いでいる二人を見て、ロマーノは口をパクパクとしつつも、何も言えなかった。
いきなり暴露することないだろうとか、俺がいないところで言えよとか、そもそも抱き合ってんじゃねえとか、色々あった。しかしそれと同じぐらい、周りにすぐ報告されることが嬉しくもあり、怒りと喜びでロマーノの胸中は忙しい。
結局ロマーノは何も言えないまま、大袈裟に喜びあってる二人を、歯噛みしながら眺めている。そんなロマーノの肩を、ぽんぽんとフランスが軽やかに叩いた。
「よかったじゃない。ロマーノ」
「……余計なお世話だ。カッツォ」
「そう邪険にするなよ。これでもお兄さんは、ずっとお前のこと応援してたんだから」
嬉しそうに微笑んだフランスに、いよいよ居心地が悪くなり、ロマーノは肩を竦めた。ロマーノとスペインが恋人になったというだけで、どうして周りがこんなにも喜ぶのか。ロマーノはそれが不思議で仕方なかった。
「お前がゲームに夢中になってた時は、ちょっと焦ったんだよ。本当に諦めるのかと思ったからさ」
ゲームといわれ、ふとロマーノは日本のことを思い出した。ヴェネチアーノやフランスはともかく、ロマーノは特に日本に世話になったので、事の顛末を伝えたい。そう思うとロマーノは、フランスをさっさと振り切って帰りたくなってしまった。
「知るかよ。そもそもこんなにあっさり恋人になれるなら、俺のあいつを想ってた百年以上の時間が、なんか無駄に感じるぞ。ちくしょうが」
健気にスペインを想い続け、二度も玉砕したあの辛い日々は何だったのだろう。恋人になれたことが嬉しいのは間違いないが、ロマーノの頭の中にはそんな思いもあった。こんなにあっさり付き合えたなら、ロマーノだってスペイン以外の誰かに目を向けて、彼女の一人や二人ぐらい作ったって良かったのだ。
「無駄なんかじゃなかっただろ」
そう考えていたロマーノに、フランスがきっぱりとそう言った。怪訝な表情でロマーノがフランスを見ると、フランスは優しい顔つきで目を細めている。
「今までずっと、お前がスペインのことを一途に思い続けてきたから、あいつはお前の気持ちに気付いて、お前のことを好きになったんだ」
優しく話すフランスの言葉に、ロマーノははっとして目を瞠った。そしてロマーノの頭に、今までスペインを想っていた日々が蘇る。
スペインと同じ感情だけを抱けない自分自身を、嫌悪していた。美しい愛情だけを向けてくれる相手に、それ以外のものまで望んでしまうことが愚かで、想いが増すたびにどんどん自分が醜くなっていく。想うことが間違いだとわかっているのに、それでも受け入れてほしいと願ってしまうことを止められなかった。
醜く、愚かで哀れな、貪欲の塊。
そんな泥濘の中にあったロマーノの想いを、スペインはあっさり掬い上げてしまったのだ。そうして受け入れて、大事なものなのだと抱きしめた。
「素敵な恋をしたんだな。ロマーノ」
涙が滲むロマーノの頭を、フランスが優しく撫でた。いつもであればすぐ叩き落してスペインの助けを呼ぶけれど、今だけは拒否することなく、代わりというようにフランスの顔を睨みつける。
「……羨ましいだろ、この野郎」
にかりと笑ったロマーノに、フランスは肩を竦めて苦笑する。恋が叶ったものは、良い笑顔を浮かべるものだとフランスはいつも思う。
「そうだね。お兄さんも恋したくなっちゃったよ」
まだ始まったばかりの、二人の幼い恋はこれから動き出す。進み始める二人の物語が、どうか明るいものであればいい。フランスは静かに、胸の中でそう望んだ。