恋よ、前進せよ 10
エレベーターのドアが閉まった瞬間、スペインはロマーノを壁に押し付けて唇に噛みついた。同時にガタンと音を立てて、エレベーターが上昇し始める。エレベーターに二人以外乗っていないのをいいことに、スペインは遠慮なく舌を差し込んだ。ロマーノも抵抗することなく手を伸ばし、スペインの柔らかい髪に指を通して、もっとと強請る様にゆるく髪を掴んだ。監視カメラがある箏はわかっていても、二人は離れなかった。
上昇するエレベーターのスピードは速く、あっという間にスペインが宿泊する部屋の階層に辿り着く。動きを止めたエレベーターは、チンッと軽快な音を立てた。
「……う、わっ!」
ドアが開く前に唇を話したスペインは、そのままロマーノを抱き上げた。肩に持ち上げられ、バランスを崩さないようスペインの服を掴んだロマーノが文句を言うよりも早く、スペインはエレベーターから降りて目の前に続くフロアの廊下を突き進む。片手でロマーノの体を支え、スペインはカードキーを取り出し、書かれたナンバーの部屋の前で足を止めた。
ピッと電子音が鳴り、続いてロックが解除される。すぐさまドアを開いたスペインは中に滑り込み、短い廊下を抜けてすぐにあるベッドにロマーノを下ろした。やや放り投げるような形になり、ベッドが軋む。それに追い打ちをかけるように、スペインもベッドへ乗り上げた。
「スペ……ん、ぅ……」
ロマーノの言葉を遮る様に、スペインはもう一度キスをする。どんどん深さが増していくキスに、なんとかロマーノは応えていたが、それに伴ってロマーノの体が緊張していく。
ずっとスペインに片想いをしていたロマーノは、異性と同性、どちらとも性の経験がない。これだけ長くこの世にあれば、いくらでも経験する機会はあったのだが、そのたびにスペインの存在が頭にちらついて、行為に至る前にその気を失ってしまうのだ。
なのでロマーノにあるのは、知識のみである。アダルトコンテンツで得た知識だけでは、到底実践には向かない。ましてやロマーノが見たものは全て異性のもので、同性のものはほぼ知らないに等しい。もちろん同性間の性行為の知識はあるのだが、あるからこそ想像が追い付かない。
(ケツ……ケツに……ケツを……?)
キスをしていても、そのことが頭を占めていていまいち集中出来ずにいる。慣れるまで痛いという知識が、ロマーノの体を強張らせていた。
「……ロマーノ?」
どんどんと舌の動きが鈍くなるロマーノを怪訝に思い、スペインはキスを止めて様子を伺った。返事もせず固まっているロマーノを見て、スペインは苦笑する。
「怖なった?」
頬を撫でてもロマーノの体から力は抜けない。相変わらず固まったまま、どうしようと困った様子で眉を下げている。
「やっぱりやめとく?」
優しいスペインの問いかけに、少し逃げたくなっているロマーノの心が揺れた。けれどロマーノは頬を撫でていたスペインの手を掴む。
「……覚悟しろって言ったくせに」
「覚悟できたん?」
そんなもの当然なかった。そもそも覚悟とは何なのだろう。尻を使う覚悟なのか、一線を飛び越える覚悟なのか、関係を変える覚悟か。はたまたその全てを指しているのか。
スペインの真意など、ロマーノにはわからない。それでもロマーノは、掴んだスペインの手を離してやるつもりなど、毛頭なかった。
「ふざけんなよ。スペインこのやろーめ」
「なんでや」
「……シたいと思ってるのが、お前だけだと思うなよ」
驚いたようにスペインが目を瞠った。電気すら点いていない部屋の中でも、それはよくわかった。カーテンが開きっぱなしになっている窓から、外の明かりが入り込み、スペインの横顔を白く照らしている。そんな頬を、ロマーノの震える手で撫でる。
「今更やめるなんて、許さねえぞ」
「……かなわんなあ」
くしゃりと笑って、スペインは頬に触れていたロマーノの手を取り、手の平にキスをする。リップ音を立てて唇を離すと、今度は額、目蓋、頬と思いつく限り、スペインがしたい場所にいくつもキスを落としていく。首筋まできて、服が邪魔だということにやっと気が付いた。
スペインはロマーノの上体を引っぱり上げ、皺になることも気にせず、ロマーノの服を脱がしていく。分厚いアウター、高いスーツのジャケットまで脱がし、ベッドの下に放り投げた。そしてシャツのボタンに手をかけたところで、されるがままだったロマーノの体が、わかりやすくびくついた。しかしスペインは、止まってやる気など少しもない。
きっちりと閉められているボタンをひとつずつ外し、前がはだけるとすぐさまうなじに吸い付く。息を詰めて、ロマーノの体が震えた。気にせずシャツを脱がし、インナーの裾から手を忍ばせる。
「つっ……め、たい」
腹を這うスペインの手が冷たくて、ロマーノは不満気な声を上げた。ついさっきまで外にいたせいもあるだろうが、やけにスペインの手が冷えている。体は興奮して熱を持て余しているぐらいであったが、スペインも柄になく緊張していた。
「ごめんなあ……」
そう謝っても、スペインの手は止まらない。汗で湿った指先で肌をなぞる。手が肌の温度と馴染んできて、スペインの手の動きはもっと大胆になった。
くすぐる様に脇腹を撫でると、体を震わせながらロマーノの肌が粟立つ。それが寒さからなのか、何かしら感じるものがあるからなのか、ロマーノ自身わからなかった。
少しずつ服をたくし上げ、暗い中でスペインはじいっとロマーノの体を見つめた。ロマーノはもうどうしていればいいか、どこを見ていればいいかすらわからなくて、ずっと顔を伏せている。恐らく真っ赤になっているだろうロマーノの顔が見たくなり、スペインは顔を覗いて頬を擦り合わせた。その頬は、燃えているかのように熱を持っている。
「脱がせるで」
耳元でそう囁いて、胸元までたくし上げていたインナーを完全に脱がせてしまう。乱雑だったせいか、脱ぐ際にロマーノの髪がわずかに乱れた。乱れた前髪の隙間から、ロマーノが恨めしそうにスペインを睨みつけている。
「お、俺ばっかり……」
「ああ、ほんまやな」
すっかり半裸状態になっているロマーノとは対照的に、スペインは上着すら脱いでいない。ロマーノに触れたいという欲望がありありと現れているようで、少しだけ照れつつスペインも自身の服に手をかける。
上着とスーツのジャケットを適当に放り投げ、ネクタイを引き抜いてそれも放る。シャツのボタンに手をつけた時、ふと視線を感じてスペインはロマーノを見た。ロマーノはじいっとスペインの胸元あたりを見つめて、固まっている。すっかり手持ち無沙汰な様子に、スペインの目が閃く。
「なあ、ロマーノ。脱がせてや」
「えっ……俺が?」
「お前以外おらんやん」
「え……えー……」
戸惑いを見せつつ、ロマーノはおずおずと手を伸ばしてボタンに触れた。服越しでもロマーノの手の震えが伝わってくるのを、スペインは愛しいなあと感じている。その不器用さが、一周回っていじらくてかわいかった。
手が震えているせいか、ひとつのボタンを外すのに、驚くぐらい時間がかかっている。スペインはだんだん我慢が利かなくなり、ロマーノの体に触れた。
「ちょっ……やめろよ。外せねーだろ」
「がんばれがんばれ」
「ふっざけ、んっ……」
今にも怒鳴りだしそうだったロマーノから、くぐもった声が漏れる。おっとスペインが目を輝かせ、今触れたばかりの乳首を指で転がした。するとまたロマーノは息を詰まらせ、体を震わせている。
「気持ちええ?」
「胸なんか、気持ちいい訳ねえだろ」
「えー……そんなことないやろ」
固くなり始めた先端を刺激するたび、ロマーノは肩を揺らすが、気持ちよさそうな声が漏れることはない。それでも息が荒くなっているのは、快感を得ているというよりは、この状況に興奮しているからだ。
性感というものは、いきなり生まれるものではない。経験と慣れだ。何度も行為を交わし、少しずつ体が快感を覚えていく。そうして回数を重ねるごとに緊張が解けていき、リラックスした状態になってやっと、本当の意味で快感を得ることが出来るのだ。
全く性感に覚えがなく、緊張しすぎている今のロマーノが、性器以外でいきなり快感を得るのは難しい話である。それをこれからスペインが教えていくのだと思うと、背が震えるような興奮を感じる。
「え、おいっ……!」
制止するロマーノの声を無視して、スペインは乳首を舐めた。ぎょっとして、ロマーノはボタンから手を離し、慌ててスペインの肩を掴む。しかし震える手で押し返すことも出来ない。
控えめに主張する乳首に吸い付き、時に柔く歯を立てられる。そのたび小さな刺激が生まれ、気持ちいのかもわからないが、ロマーノからは小さな声が漏れた。
「うっ……男の、胸なんか……何が楽しいんだよ……」
柔らかな膨らみもなければ、スペインのように固い筋肉もあまりない。ロマーノは自身の顔やスタイルには自信があったが、魅力的な体つきかと問われたら、疑問である。
「お前に触れるのが嬉しいし楽しいねんで」
やっと乳首から口を離したスペインは、嬉しそうに笑ってロマーノに軽く口付ける。
「最初は難しいかもしれんけど、これからいっぱいお前に気持ちよくなってほしいねん」
言いたいことだけ言って、スペインは残りのボタンをすべて外し、シャツとインナーを脱ぎ捨てた。服に引っかかったロザリオが胸の位置に戻ってくる。それを目で追ったロマーノを、スペインがまたベッドへ押し倒した。
覆いかぶさったスペインがすぐさまロマーノにキスをすると、同時に冷たい金属の感覚が胸に落ちてくる。胸に触れたロザリオは、すぐロマーノの肌の温度に馴染んで、冷たさはわからなくなった。
「ん……ふっ、ぅ……」
舌を絡ませ合いながら、スペインは器用にロマーノの乳首をまた指先で刺激する。そのたびロマーノから鼻にかかった声が漏れた。
されるがままになっているロマーノは、ただスペインの背にしがみついているだけだった。けれど息苦しくなるほどのキスも、触れあっている場所から同じ温度になっていく肌も、全てが少しずつ気持ちいいと感じるようになる。胸元の刺激も触られすぎて痛い気もするのに、痺れるようなむずがゆい感覚があった。
よくわからない感覚を逃すように腰を捩る。逃げ出したいけど、まだもっと触れていたい。相反する気持ちに戸惑うロマーノが膝を立てると、固いものを押し上げた。
「……ん、うっ」
ずっとキスをしていたスペインが、声を上げて体を震わせる。やっと口を離したスペインが、荒く息をつきつつ何かに耐えるように、珍しく険しい顔つきをしてた。ロマーノは自身が何に触れたのか、最初はわかっていなかったが、自身の膝を見てぎょっと目を瞠った。
「わっ、わざとじゃ、ねえから……!」
「全然ええよ。びっくりしただけ」
慌てて首を横に振るロマーノに、スペインは肩を竦めて笑った。そうして「どうせ今から触るしな」と続き、ロマーノはまたしてもぎょっとする。
宣言通り、スペインがスラックス越しにロマーノの股間に手を伸ばした。すっかり興奮しているロマーノも、スペインに負けず劣らず固く熱を持っている。
「ひ、ぃ……!」
突然触れられたことに、ロマーノは震えた声で小さく悲鳴を上げる。それに笑いつつ、スペインは宥めるようにロマーノの頬にキスをする。けれどその間も、スペインの手が性器を刺激するのは止めない。
「あ、ちょ……う、ぅぅ……」
全く色気のない声だというのに、スペインはそれだけで嬉しそうに笑っている。ロマーノの反応があればあるほど、スペインの手の動きは大胆になった。
服越しだというのに、それだけで随分と気持ちよくて、ロマーノは必死でスペインに抱き着いた。そうすると、撫でていただけのスペインの手が、ロマーノのベルトのバックルに伸びる。カチャカチャと音を立てて前を寛げ、スペインはついに下着の中に手を突っ込んだ。
「まっ……ス、スペイン……!」
既に先走りで濡れた下着の中で、窮屈そうに固くなった性器を、スペインは躊躇いなく握った。そのままぬめりを借りて、扱き始める。
「マジ……ちょ、あっ……おまっ……」
胸と違い、直接的に快感を得ることが出来、ロマーノはさっきより息を荒げながらスペインに縋りつく。時折漏れる嬌声を堪えるように、ロマーノは唇を噛んだ。その姿を見て、スペインは扱く手をゆるめる。
「噛んだあかんて。声出してええよ」
「お、男の声なんか……聞きたくない、だろ」
「じゃあ俺の声も聞きたないん?」
「……えっ」
きょとんと目を丸めたロマーノは、スペインを見上げた。それににやりと笑い、スペインは扱くのを止めて自身のベルトに手をかける。スラックスとパンツを脱ぎ捨てると、触れてもいないのに育ちきった性器が飛び出し、ロマーノはぐっと生唾を飲み込んだ。
汚れるから、と声をかけてスペインはロマーノも裸にしてしまう。ベッドの下に落ちたベルトが、静かな部屋の中でカチャンと音を立てた。
隠すものが何もなくなったことに、ロマーノはどこを見ればいいのかわからず、壁の方へ顔を背けてしまう。けれど覆いかぶさったスペインが顎を掴み、ロマーノの顔を上げさせる。不安そうに見上げるロマーノに、スペインは困ったように笑った。
「そんな顔せんでや。怖いことなんかせえへんよ」
「……怖くなんかねえよ、ハゲ」
相変わらず悪態に笑い、顎を固定したままキスをする。触れ合うだけのキスをして体を密着させると、互いの心臓の音が聞こえるような気がした。
「裸でくっついてるだけでも気持ちええやろ」
ぎゅうっとロマーノを抱きしめると、ロマーノは何も答えない代わりに、スペインの首筋に顔を擦りつけた。互いの熱を交換するようにしばらく抱きしめあっていると、ロマーノの体のこわばりが少しずつほどけていく。スペインの匂いがする腕の中にいるだけで、信じられないほどの安心感が得られた。
「……今回は寝やんといてや」
耳元でスペインが囁く。するとあたたかいまどろみの中を彷徨っていたロマーノは、はっとして目を覚ました。スペインは体を離すと、勃ちあがった性器をロマーノのものに擦りつける。
「ロマーノ。握って」
「え、に、にぎる……?」
困惑しているロマーノをよそに、スペインは擦り合わせた互いの性器をまとめて手で握った。それを見て、ロマーノは恐る恐るといった様子で、スペインと同じように握りこむ。軽く扱くとロマーノは小さく声を上げ、それだけで先走りが溢れてくる。
「あ……んっ、あ、あ……」
「おも、ってたより……んっ、気持ちええ、なあ……これ」
自慰と差して変わらない刺激しかないと思っていたが、目の前で悩めかしい表情で喘ぐロマーノがいるせいか、ずっと気持ちが良かった。息を乱しながらスペインは扱くのを止めて、今度は腰をゆるく動かして性器を擦り合わせる。
「やっ……! な、なに……ぅ、あ、んんっ……!」
さっきよりも大きな声を上げるロマーノに誘われるように、スペインの腰の動きも大きくなる。角度によってはロマーノの弱い部分を刺激するのか、体を震わせながら先走りを溢れさせた。スペインの腰が動くたび、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響くが、二人にはもうその音も聞こえていない。
「も、もう……スペインっ……!」
「はっ……俺も、あかん」
纏めるのを放棄して、ロマーノは自身の性器を夢中になって扱き、そのまま息を詰まらせて達してしまう。体を震わせながら精液が溢れさせる姿を見て、スペインもぐっと唇を噛み、ロマーノの性器に擦りつけて射精した。
腰を震わせながら搾り取る様に性器を擦ると、白濁とした液がどんどんロマーノの腹を汚していく。二人はしばらく無言で荒い息を吐きだして、少し息が落ち着いてきたころ、どちらからともなくキスをした。
「……腹、やべえな」
やっと呼吸が落ち着き、ロマーノは自身の腹の上に散る白濁を見て、顔を歪めた。スペインはそれに声を上げて笑う。
「ほんまやなあ。風呂行こや。洗ったんで」
寝そべっていたロマーノの手を引き、上体を起こさせる。ベッドサイドにあるティッシュに手を伸ばし、ある程度を拭き取った。これから眠るつもりのベッドを精液で汚すのは気が引ける。
綺麗になったロマーノの腹を見て満足したスペインは、そのまま立ち上がろうとした。しかし手を掴まれ、スペインは立ち上がることなく、引き止めたロマーノを見る。
「どないしたん?」
スペインが問いかけると、ロマーノは唸り声を上げながら顔を伏せた。そのまま何も話さないロマーノに首を傾げ、スペインは様子を伺うように顔を近付け、名前を呼ぶ。するとロマーノの肩がぴくりと反応し、のろのろと顔を上げた。けれど視線は皺になったシーツに落ちたままである。
「……もう、終わりか?」
「え?」
「もっと……その、後ろ……とか……」
「後ろ?」
言われた言葉を反芻しつつ、スペインはひとまずベッドサイドの明かりをつけた。部屋に入って、明かりも暖房もつけないままだったので、少しずつ熱が冷めてきた体が震えている。
暖房のスイッチを探していたところでふと、明かりに照らされるロマーノが全身真っ赤にしていることに気が付き、そこでようやくスペインはロマーノに言われた言葉を理解した。はっとして、ロマーノの赤さが移ったように、スペインの頬も赤くなる。
「あ、う、後ろって……お尻のことか……」
やっと答えに辿り着いたスペインの発言に、ロマーノはまたしても伏いてしまう。しかし否定の声を上げない辺り、スペインの答えは正しかった。
「けど、その……まさか今日、ロマーノが来ると思ってへんくて、俺なんも用意してないねん……」
「用意?」
「せやからゴム、とか……ローション、とかな?」
男同士の性行為といっても幅広くあるが、あくまで挿入を伴うものであれば、色々と必要になってくるものがある。今回は急遽であったため、当然スペインはそんな用意をこの会議の出張に持ってきていなかった。
「ゴムとかいらねえだろ。男同士……っつーか、国同士で」
やっと顔を上げたロマーノの言葉に、スペインも「せやなあ」と頷いた。男同士であれば妊娠の心配もないが、そもそも国同士なので病気のリスクもなかった。国が体調を崩すのは経済の悪化など、国としての基盤を揺るがす時であり、感染症や病などに罹ることはない。
「でもローションは絶対いるで! 怪我してまうわ」
「……なんか代わりになるもんねえのかよ」
「代わりなあ……」
バスルームに何かあっただろうかと、スペインは首を捻る。しばらく考えていたところであることを思い出し、スペインはひとりでに手を打った。
「せや!」
ベッドから飛び降りて、先に部屋へ運んでいたスーツケースを開いた。スペインが中を漁っていると、背後でロマーノが暖房のスイッチを入れている。静かだった室内に暖房の稼働音がし始めたところで、スペインは目的の物を手に持って、ベッドへ振り返った。
「これ……輸出増やそうと思って、体用のオリーブオイル持ってきとった……」
かつてスペインが体をはって作った逸品である。今回の会議で宣伝して、輸出を増やしてもらおうといくつか試作品を持ってきていたのだ。その残りが一本だけ、まだスペインのスーツケースの中にあった。
「あのへんてこ過程で出来たヤツか……!」
「せやで! これ絶対使えるわ! 100%オーガニックで安全やし、終わった後ツルツルになるしで一石二鳥やで!」
「宣伝してんじゃねえちくしょーが!」
ボトルを持ってベッドに戻ったスペインは、ロマーノの隣に腰を下ろした。手の中にあるボトルからロマーノに視線を移し、しばらく見つめ合う。ロマーノの瞳が期待に揺れているように見えて、スペインは首を傾げた。
「……する?」
ロマーノは相変わらずスペインの目をじっと見つめたまま、言葉なく頷いた。
暖房のお陰で少しずつ部屋が暖まり始める。ロマーノをベッドに押し倒して、キスをするスペインの背に汗がいくつか浮かんでいる。
「はあ……」
顔を離すと、唾液で濡れたロマーノが酸素を求めるように深く呼吸した。さっきと違い、明かりがあるお陰でロマーノの姿がよく見える。赤くなっている頬にキスをしながら、スペインはベッドサイドに置いていたオリーブオイルのボトルに手を伸ばした。
キャップを全て外し、手の平にオイルを落とす。その様をじっと見つめていたロマーノは、ごくっと音を立てて生唾を飲み込んだ。
「じゃあ後ろ触るけど……ほんまにええの?」
オイルを手に馴染ませつつ、スペインは改めてロマーノを見た。するとロマーノはうんざりといった様子で上体を起こし、スペインを睨みつける。
「しつけーな。いいっつってんだろ」
「せやけど……」
男同士のセックスは、そもそも本来の用途とは違う場所を使用することとなる。そうなると多少のリスクが生まれるのだが、ロマーノは自ら受け入れる側で良いと言い出した。
スペインはどちらかというと、ロマーノを気持ちよくさせたい欲が強く、そうなると挿入する側だろうかと、ぼんやり考えていた程度である。ロマーノが良いと言った方でいいか、ぐらいの考えであったのだが、ロマーノに無理をさせたい訳ではない。
「親分さんはうまくやる自信がねえのか? あ?」
「いやあ……お前が良くなれる様にがんばるけど……」
なにせ男同士はスペインも初めてである。今までと勝手が違うこともあり、絶対と言える程の自信がなかった。スペインにとっても未知の領域である。
そうやってまごつくスペインに、ロマーノがため息を漏らした。
「……俺、経験ねえからわかんねーんだよ。出来る気がしねえ」
そもそも誰とも経験のないロマーノは、スペインより更に未知の感覚である。そんなロマーノがスペインの後ろを慣らして、挿入まで漕ぎ着けるなんて到底無理だと、ロマーノは最初から匙を投げていた。
「それに……」
途端に顔を真っ赤にしたロマーノは、逃げるように目を逸らした。恥ずかしそうにしつつ、どうにか口を開く。
「お、お前と……デキるなら、なんでもいい……」
どんどん尻すぼみになっていく言葉を、それでもきちんと聞き取ったスペインは、ひっと小さく悲鳴を上げて固まった。ロマーノがスペインとベッドを共にすることを、ここまで望んでいたと実感して、胸が歓喜で打ち震えている。
照れ屋なロマーノの勇気を無駄には出来ない。ここまで言わせてしまったことに申し訳なく思いつつ、スペインはロマーノを抱きしめた。
「ほんまに好きやで、ロマーノ……」
「……知ってる」
ぶっきらぼうな物言いで、ロマーノはスペインを抱きしめ返した。しばらくそうしていた二人であったが、スペインはロマーノを膝の上に乗せ、オイルで濡れた手でロマーノの尻を撫でた。
「……ひっ」
喉を震わせて小さく悲鳴を上げたロマーノは、ぎゅうっとスペインの体に抱き着いた。あやすように片手で背を撫でつつ、オイルで尻のあわいを濡らしていく。きゅっと縮こまる後孔のまわりを、くるくると指で撫でた。そのたび、びくびくとロマーノの体が跳ねる。
「ロマーノ……いれるで」
耳元で問いかけると、ロマーノは声を出さずに頷いた。腕の中の体が小さく震えていることに気が付いて、、スペインは耳やこめかみにキスを落としつつ、後孔の中に指を埋めていく。
「……っ、う……」
「痛い?」
「……ぃ、たくない」
低い声が漏れて、すぐさまスペインは指を止めたが、ロマーノは首を横に振る。それを見てから、ゆっくりと更に指を進めた。
全てが収まりきって、やっと一息つく。しかし抱き着いているロマーノは、まだ体を固くして震えていた。ロマーノの性器もすっかり萎えているの見て、スペインは背を支えていた手で、力のない性器を掴んだ。
「あっ……スペイン……?」
「後ろ、しばらく気持ちよくないやろうし、こっち触っとき?」
敏感な先を指で刺激すると、ロマーノが息を詰めた。そのまま軽く扱いていると、スペインに抱き着いていたロマーノの手が下りてくる。ロマーノが性器を掴んだのを見計らって、スペインは乳首に舌を這わせた。
「そ、っちは、別に……!」
「ええから、な?」
「う〜……はっ、ぁ……」
スペインの舌の動きに合わせて、ロマーノも自身の慰めだした。少しずつ息が乱れていくのを感じ、スペインはゆっくりと後孔にある指を動かす。前後に動かすと、胸を突き出すようにロマーノが背を逸らした。
「ん、んん……ん、ぁ……」
後ろで感じている訳ではなくとも、さっきまでの苦しそうな声ではない。不快感を他の快感でうまく誤魔化せているようで、スペインが少し大きく指を動かしても、ロマーノから苦痛を伴う声は上がらなかった。
ロマーノの様子を見つつ、スペインは二本目の指を中に差し込んだ。途端にロマーノが顔を顰めるので、スペインはすぐさま指を止める。
「痛かった?」
少し上にあるロマーノの顔を見上げると、ロマーノは小さく頭を振った。本当に痛くなかったのか疑わしい表情であったが、スペインはまたゆっくりと指を進める。オイルのぬめりのお陰なのか、一本目よりスムーズに中へと入る。
二本の指で中を広げていくと、オイルがぐちゃぐちゃと音を立てる。とにかく痛みが生まれないよう、傷つけないようにと、スペインが惜しみなくオイルを垂らしているので、シーツにいくらか染みが出来ていた。
「あっ、ぁ……あ、うぅ……」
ロマーノの口から、苦しそうな声が減っていく。どんどんと指が中に馴染んでいくことをスペインは感じていた。抜き差しをしても引っかかりがなく、スムーズに指を動かせる。しかしどれぐらい広がれば、スペインのものを中に入れられるのかが、明確にはわからなかった。
「んん……ぁ、すぺい、ん……」
名前を呼ばれ、未だに胸元を刺激していたスペインは、顔を上げた。
「どないしたん?」
顔を火照らせ、頬に汗を滲ませていたロマーノは、そのままスペインの口に噛みついた。勢いよく口を塞ぎ、そのまま舌が差し込まれる。戸惑ったのは最初だけで、スペインはすぐそれに応えて舌を重ね合わせた。早急に絡みつく動きから、キスがしたかったのだと伝わってくる。
そうしている間にスペインがもう一本指を増やしても、ロマーノは苦しそうな声は上げない。夢中になってキスを続け、スペインの性器も合わせて扱きだした。
「っ、ん……!」
突然の刺激に、スペインの体が跳ねる。痛いぐらり張り詰めていた性器に、ロマーノの性器が擦りつけられ、キスの中に声が漏れた。先走りで濡れて生まれる摩擦が、震えるほどに気持ちが良かった。
しばらく刺激し合って、やっと口が解放される。息を荒げながら、ロマーノが扱いていた手をやっと離した。
「……イキそうだっただろ」
にやりと笑って、ロマーノはスペインを見下ろした。それにスペインは苦笑する。
「ほんまやで。入れられへんくなるところやったわ」
スペインを追い詰められたことににやにやとしているロマーノの中から、指をゆっくりと抜いた。小さく声を漏らして体を震わせたロマーノを、ベッドに押し倒す。ギッとわずかに軋んだベッドに手をつき、スペインはついばむようにキスをする。
「……そろそろええ?」
真っ直ぐにロマーノの目を見つめて、スペインが問いかけた。ロマーノははっとした後、神妙な様子で深く頷く。優しく微笑みかけ、頬にキスを落としてから、スペインはオイルのボトルに手を伸ばした。もう半分ほどになっているそれを、性器に塗りたくる。
不安そうにスペインを見つめるロマーノにキスをしつつ、スペインはオイルで濡れた指を二本、中に突き入れた。息を詰めるロマーノの頭を撫で、指で入り口を広げて、そこに性器を押し付ける。
「……いれるで」
小さくロマーノが頷いたのを見て、スペインはゆっくり腰を進めた。けれど拒むような中の締め付けがきつく、すぐに動きを止める。慌ててロマーノを見ると、苦しそうにぎゅっと目を閉じて体を震わせながら、口を手で覆っていた。
「はっ、きつ……ロマーノ、力抜ける?」
肩を撫でながらスペインが問いかけても、薄く目を開くばかりで答えはない。
「口閉じたあかんで。手ぇどけて、ゆっくり息して……」
口を覆っていた手を剥がしても、ロマーノは犬の様な浅い呼吸を繰り返すばかりだった。スペインが何度かキスをしても体は強張ったままで、緊張が解けることもない。スペインはロマーノの萎え始めている性器に触れた。
「こっちに集中してや。気持ちええことだけ考えて、ロマーノ」
「気持ちいい、こと……?」
頷きつつ、スペインが性器をゆるく扱くと、ロマーノは体を跳ねさせて喘いだ。少しだけ緊張がほぐれたところで、ロマーノが小さくスペインの名前を呼ぶ。
「そっち、じゃなくて……髪……」
「……髪? 紙?」
意味がわからずスペインが首を傾げると、恥ずかしそうにロマーノが眉を吊り上げ、顔を真っ赤にする。
「だ、だから……くるんを……!」
「くるん?」
ロマーノから上向きに飛び出すくるんとしたくせ毛は、イタリア人の象徴なのか、弟であるヴェネチアーノにもついている。昔、そのくるんを触ってしこたま怒られたことがあるスペインは、何がいけなかったのかはわからないが、そこには触れないように気を付けていた。
そんなくるんが今、ハート形になっている。状況も忘れて、スペインは大きな声を上げた。
「すごいで、ロマーノ! くるんがハート型になっとる!」
「ちぎーっ……!」
スペインがそのくるんに触れると、ロマーノは大きく悲鳴を上げた。けれど構わずスペインはそのくるんを指でつまんで、すりすりと撫でる。
「すごいなあ。なんでこのくるんって形状が変わるん? 不思議やわあ」
「あっ、や……や、ん、んぁ……!」
「いっつもかわええなあって思って、触りたかってん」
「やぁ……もっ、もう……ぁっ、あん……」
「お前がしょんぼりしてる時やったら……って、ん?」
くるんを撫でながらべらべらと話し続けていたスペインは、下にいるロマーノの様子がおかしいことにやっと気付き、はっと我に返った。
大人しくくるんを撫でられていたロマーノは、目に涙を浮かべながら、今までにないぐらい気持ちよさそうに喘いでいる。一体どうしてそうなったのかと困惑したスペインは、自身が撫でているくるんを見た。未だにハートの形になっているくるんが、びくびくと震えている。
(髪って震えるっけ……いやそもそも形変わるんやっけ……)
数秒固まって考えていたが、国という存在に普通を求めることが間違っている。何故そうなっているのかわからないが、ロマーノがそれで気持ちよくなるというのなら、もうそれでいいのだとスペインは自分自身に言い聞かせた。
「……ここ、気持ちいいん?」
「うっ……きもち、ん、いい……」
ちょっと触られただけでこんなに喘いでしまう場所が、なんのガードもなく無防備に頭の上にあることが心配になる。しかしくるんのお陰で、強張っていたロマーノの体から力が抜けていた。難しいことを考えるのは後にして、スペインはくるんから指を離し、代わりにそれを口に咥えた。
「あっ!? まっ……それ、やぁ……やめ、ああっ……!」
咥えたくるんを舌で舐めると、ロマーノは胸をのけ反らせて喘ぐ。その間に腰を進めると、少しずつスペインの性器が中へと迎え入れられる。くるんを刺激するたび、ぎゅうぎゅうと締め付けられ、スペインも息を詰まらせた。
「きもち……ぁ、もう……ふ、んん……」
涙を溢れさせながら喘ぐロマーノは、もう挿入されているということすら、感じられていないのかもしれない。くるんから口を離したスペインは、深く腰を押し込んではあっと息を吐く。挿入する前に散々ロマーノに扱かれたこともあり、びくびくと断続的に締め付けられるだけで、スペインも達してしまいそうだった。
顎を伝う汗を手の甲で拭い、目を閉じて感じ入っているロマーノを見る。目尻を伝う涙にキスをすると、ゆっくりと目蓋が開かれた。
「ロマーノ……全部入ったで」
ゆるく腰を動かすと、ロマーノが小さく声を漏らした。ロマーノは繋がっている場所を確かめるように顔を上げ、下腹部に視線を移す。
「痛ない? 大丈夫か?」
「……ほんとに、繋がってんのか?」
「もちろん。わかるやろ?」
手を伸ばして、ロマーノがスペインの腰に触れた。そのまま指を滑らせて、繋がっている場所に触れる。淵を指でなぞって、ロマーノは目を細めた。
「……やっと」
「え?」
「ス、ペイン……スペイン……」
何度も名前を呼ぶロマーノが、ぼろぼろと涙を流した。気持ちよくて泣いていた時とは、全く違う種類のそれに驚いて、スペインは慌ててその涙を拭う。
「ど、どないしたん? やっぱり痛いん……」
ロマーノはスペインに腕を伸ばし、首筋に抱き着いてそのまま体を引き寄せた。スペインはすぐベッドに手をついたが、離れることを許さないように、ロマーノの足までスペインの腰に回して引き寄せられる。スペインの体重がかかり、またしてもベッドが軋んだ音を立てた。
「ロマーノ?」
「ずっと……こうしたかった……」
「え?」
首筋に顔を摺り寄せ、涙を散らせながらロマーノが続けた。
「お前に、触りたくて……ずっと、ずっと……」
嗚咽交じりのロマーノの本音に、きゅうっとスペインの胸が苦しくなった。ロマーノがスペインを想い続けてくれた長い時間、ずっとこんな風にスペインを求めてくれていたことなど、スペインはずっと気付かなかったのだ。
「ずっと……スペイン……」
「……うん」
スペインまで涙ぐんで、ロマーノ体をぎゅっと抱きしめ返した。隙間が無くなるぐらい密着した肌が気持ちよくて、離れたくなかった。
「スペイン……好き、好きだ……」
スペインが自身の気持ちを自覚して、初めてロマーノから好きだと言われた。耳元で囁かれた告白に、スペインは歓喜で体が震える。きゅっと一度強く抱きしめて、少し体を離してロマーノの顔を見た。涙で濡れた頬を撫でるスペインの目にも、涙が滲む。
「ありがとう……ずっと好きでおってくれて……」
どうしてこんなにもひたむきな想いに気付けなかったのだろうと、スペインは今になって過去を悔やんだ。そうして同時に、こんなにもスペインを想って泣くロマーノの姿を、一生忘れないでおこうと決めた。二度と、同じ理由で泣かせないために。
「愛してくれて、ありがとう。ロマーノ」
嗚咽を漏らすロマーノに、キスをする。そうしてもう一度、スペインはロマーノの体を強く抱きしめた。
一方的に愛しているだけでも、不満はなかった。嫌われているとは思っていなかったし、頼ってくれるだけで求められていると思えたから。けれどスペインは初めて、愛されていると実感することがこんなにも満たされて、泣きたくなるぐらい幸せを感じられるのだということを、ロマーノの腕の中で知ったのだ。