幼馴染

昔は"無個性"の私の方が彼より強かったのだ

透過という"個性"を持つ彼は、攻撃性の高い優れた"個性"というわけでもなく、むしろ初めて"個性"を発動した時は驚いて泣いていたぐらいなのだ

音も光も無くなり落ちているとい事だけが分かる状況と言っていた

そんな彼がヒーローを志すようになったのは何時だっただろうか

そんな彼が川で溺れ、とあるヒーローに助けられた翌日だった気がする

キラキラと輝かせた目を私に向けて「ヒーローになる!!」と宣言してきた彼に、私は何と言ったのか覚えていない


「陽向ー、起きてー」

「起きてる」

「あれ?ごめん」


目をつぶっていた為か、寝ていると勘違いされ、肩を揺らされる

友人に起きていると伝え伸びをする

何ともまぁくだらない考え事をしたものである

高校入って二回目の梅雨、といった所だろうか

空は生憎の雨模様で、朝からザーザーと音をたてていた

早く帰ろうと促す彼女・鬼怒川織和(きぬかわおにこ)は、"無個性"である私にも優しくしてくれるいい人だ

ちなみに"個性"は鬼

頭に一つ可愛らしい鬼の角が生えており、力も一般に比べると相当強い

私は織和を待たせる訳にもいかず、急いで鞄に荷物を詰め込んで立ち上がると彼女と一緒に教室を出る

"個性"と言われる超能力の様なものを使える者が人口の八割をしめる世の中で、"個性"を持たない"無個性"の方が物珍しくなった世の中

こういった教室の廊下でも普通に物が宙に浮いていたり、明らかに人とは思えない容姿の者が居るのが普通になっている

ちなみに"個性"によって容姿が特殊になっている者(そういった"個性"の者を全てではないが異型系という)に対し差別的な態度を取るとは立派な"個性"差別である

だが"無個性"である者に対してのこの世界は無情な気がする

既にこの学校中に私が"無個性"であると知れ渡っており、私が通ると何処と無く視線が集まる

これが自意識過剰だったらどれだけマシだろうか


「どうする?皆締め上げる?」

「落ち着け怖いわ」


織和は時々物騒な事を言うのが玉に瑕だと思う

見た目は可愛い鬼娘って感じなのに勿体無い

別に特別虐められている訳でもないし、織和程ではないが良くしてもらっているのだからこれぐらいなんてことないのだが

下駄箱まで行き靴を履き替え傘を取ったあたりからもう視線も無くなった


「陽向は今日暇?」

「いや、今日夕飯作んないとだから」

「大変だねー、陽向も」


今日は何にしようか考えながら、スーパーに行くため織和と別れる

途中歩いているとコンビニの前で子供が泣いていた

見て見ぬ振りの人達にため息を吐きながらその子に近づき、目の前まで来たらしゃがんだ


「どうしたの?」

「うわーん」

「泣いてたらわからないよ、ほら、涙拭いて」


鞄からハンカチを取り出しその子の顔を拭く

子供は恐る恐ると手をどけ、私を見るとポツリポツリと言葉を紡ぎ出す

母親にお使いを頼まれここまで来たが買い物をしている間に持ってきていた傘を誰かに盗られてしまったらしい

傘はごく普通のビニール傘、正直盗られても仕方ないと思うが子供にとっては一大事なのだろう

お使いでのお金はお釣りがあったとはいえ傘は買えるほど残っていない

傘を持って行ったのに濡れて帰ったら怒られてしまうと泣いていたのだ


「ほら、お姉ちゃんの傘あげるから帰りな」

「・・・いいの?」

「お姉ちゃんは平気だから早く行きなさい、お母さん心配しちゃうよ」

「お姉ちゃんありがとう!!」


涙も乾き、笑顔になったその子に手を振り見送る

あの子にあの傘は大きすぎて持ちづらいだろうが濡れるよりはマシだろう

さて、コンビニで傘でも買うかと中に入ろうとして、呼び止められる


「・・・ミリオ」

「見てたよ、自分は傘無いのに貸しちゃったんだ?」

「貸してない、あげたの」

「あげたのかー」


たはー、と笑顔を見せたこの幼馴染は私の腕を引っ張ると自分の黒くて大きい傘に入れてくれた

腕は掴まれたまま、ミリオは歩き出すので私も歩くことになる


「ねぇ、私スーパー行くから傘入れてくれなくていいよ」

「傘買うの勿体無いだろ?俺も行くよ」

「傘あげちゃったから結局買うし変わらないよ」

「ちゃんと傘戻ってくると思うから買わなくても大丈夫だよ」


明日雨降ったままだったらどうしてくれるんだ

そう思いながらもコンビニから遠ざかっていくにも関わらず手を振り払わないのは、きっと相手がこの男だからだろう


「スーパー何しに行くの?」

「夕飯の買い物」

「今日は何?」

「決まってない、安いヤツで作る」

「俺も食べたいなー、親今日いないんだよなー」

「・・・勝手にすれば」

「勝手にする!」


やったー、と嬉しそうに笑うこの男にただただ私は呆れるしかなかった

***

「何時まで家にいるのよ」


時刻は21時

ペロリと夕飯を平らげたこの幼馴染は我が物顔で私の部屋にいる

今日は夕飯までにお母さんが帰って来てないので二人での夕飯となったのだ

お母さんからの置き手紙には既に母親同士で決まっていたのかミリオの分の夕飯も作って欲しいと書いてあった

文明の機器、携帯を使おうよお母さん

お父さんはいない、随分前に死んでしまい母子家庭だ

お母さんが女手一つで私を育ててくれた

そんなお母さんは看護婦の為ちょくちょく二人共夜いない日がある

今日はそろそろお母さんが帰ってくるはずだが


「ねぇ陽向、ここ分かんないんだけどさ」

「どこよ」


ミリオの隣に座り、わからないと言われた問題を見てみる

宿題だろうか、あの有名な雄英高校ヒーロー科でも数学の宿題は出るのか

まぁ、高校だもんな、出るよな

でも残念だな、私もそこまで頭は良くない

というかまだ習っていないのだが雄英はそこまで進んでいるのだろうか


「私もわかんない」

「えー!陽向が頼みなんだよ!!」

「明日先生に聞けばいいじゃん」

「ちぇ、そうする」


持ってきていた鞄にノートと教科書を仕舞うのを見て、やっと帰るのかと安心する

玄関の鍵を掛けに行かないと行けないので立ち上がろうとか手をテーブルについて立ち上がろうと足に力を入れた

のだが、突然取られた腕が引っ張られ、中途半端に力を入れていた足は虚しく崩れ落ちた

痛くはない、ミリオの腕におさまったからだ

鼻歌交じりに私の髪を撫でるコイツにため息を吐いてしまいそうになる

ただの、幼馴染なのに


「ミリオ」

「んー?」

「何か、あったの?」


撫でられていた手が止まった

コイツが必要以上にスキンシップを取ってくるのはだいたいそんな時ぐらいだ

仕方なしに腕をミリオの背に回し、安心させるように背を叩く

ミリオは小さく「うん、大丈夫」と呟くと私の首元に顔を埋めた

何かあったのか、聞いてはダメなのだと思う

ヒーローの事なんて分からないし、なんて言えばいいか分からない

鼻歌が無くなり、鼻の啜る音と肩が濡れていく感覚にギューッと胸が締め付けられるような感覚に落ちた


「この前さ」

「うん」

「インターンで失敗した」

「そっか」


インターンとは何ぞや

ぐっ、と出そうになった言葉を飲み込みそっけなく応える

陽向は冷たいと言われたが気にしない

だって知ってるでしょ、私が本当は・・・


「陽向ー?リビング居ないなんて珍しいじゃない、体調でも悪いのー?」


バタンと開けられた部屋の扉

帰ってきた事に気づかなかったのも悪いが今日はノックしてほしかった

現在私とミリオは抱きしめあっている状況

え、これまずくね?


「お邪魔だった?」

「邪魔じゃない邪魔じゃない!!ほらミリオ離れて!!」

「オバサン本当に邪魔というかタイミング悪い、もうちょっと遅くてもよかったのに」

「お前人の母親に何て事言うんだ離れろ!!」

「仲良いわねー」


ケラケラと笑いながら部屋の前から居なくなったお母さんをみて、ため息を吐いた

コイツ本当にいい加減にしろよ


「ミリオ」

「ごめんって」


ニコニコとした表情で謝られても嬉しくないのだが仕方ない

帰れとミリオの荷物を引ったくり玄関に向かう

ついでにシャー芯切れていたからコンビニに行こうと財布を持つ


「お母さん、私シャー芯買ってくるからー」

「はいはーい、あら?ミリオくんも帰るの?泊まったらいいのに」

「俺も泊まりたいんだけど陽向が照れちゃって」

「おうマジかコイツら」


ばしっ、とミリオの背を叩き行くよとお母さんと話すミリオを引っ張り外に出る

そろそろ夏だとはいえまだ夜は冷え込むため半袖だと肌寒く感じ腕を擦る

いったん上着を取りに行こうと玄関を開けようとして、ミリオに止められた


「何?」

「これ着てなよ」


ミリオが手に持ってた雄英のブレザーを肩に掛けてくれたのだがこれいいのか?

雄英の制服だぞ?

なんかダメなきがするんだけど


「コンビニ行くんだろ?早く行こう」

「アンタの家コンビニと逆じゃん、ていうかうちの隣じゃん」

「一緒に行く」


今度は私が引っ張られ、コンビニに行くことになる

引っぱらなくてもコンビニにはいくんだから手は繋がなくていいのに

コイツ誰にでもやってるんじゃないのか?


「ちょっと、手」

「いいじゃん」

「いや、アンタ誰彼構わずやってないよね?心配になってきたわ」

「大丈夫、陽向にしかしてないよ」


おいこらそれはどういうことだばか

恐らく顔が真っ赤になっているだろう私をよそにミリオは笑顔で私を見つめていた

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