異邦人と王族

あー、痛い

ヤシロはため息をついて痛みのある左足を摩った

血に染まっていく川から死体を蹴り地に上げる

さらさらと消えていく本には模様は違うがダイヤモンドの印があった

刀を勢いよく振り血を落とすと鞘にしまう

顔に着いた血を洗い流し、服も洗わないといけないと再びため息を吐いて立ち上がる

今日は厄日だ

中立地帯で生活をしているヤシロは、川辺近くにある薬草を採りにきていた

以前知り合ったクローバー王国の魔法騎士に貰った鞄に採った薬草を入れ、さて帰るかという時に事は起こった

上空からの影に地面が覆い、晴れていたのにと顔を上げたら十数人の男が箒やら絨毯やらに乗って空に浮いていた

森の木々の間から人が道具に乗って飛ぶ姿を何度か見ていたので驚きはしなかったが、初めて見た時は口を開けて呆然としていた記憶がある

何せヤシロの母国・日ノ国ではそのようの奇術などなかったのだから

間近でみたそれにも確かに多少は驚いたが、明らかに悪意のある視線にヤシロは手を腰にある刀にかけた

それから数分、魔法と呼ばれる攻撃をなんとか交わし全員の首を斬りつけ殺しす

どこの国の人間か分からないが、黒いフワフワとした生地の袖のない羽織は冬を越すのに良さそうだな、とヤシロは思った

まるで盗賊みたいだが、先に襲ってきたのはこの倒れている者達だし何も悪くない

死体の一つに近づき黒いそれを掴む
どうしたら剥せるのか模索しているとパキ、と音が聞こえた

振り返るとオレンジの長髪の、これまた袖のない丈のかなり短い赤い羽織を着た青年と目が合う

明らかに向けられる敵意に再びヤシロは刀に手をかけた

青年も本を開き間合いを取った

しばしの沈黙、そして・・・

ドゴン

音がしたのはヤシロの背後、青年は何もしていない

何かが来ることに気づいたヤシロは前方、つまり青年の方に飛び跳ねその攻撃を躱す

先程までいた場所は地面が抉れていた


「貴様等か、我が臣下を葬った下郎は」


殺した若者に比べ遥かに貫禄のある男がそこに立っていた

あぁ、勝てない

そう察したヤシロは逃げようと後退る

再び背後が爆発したのだが


「無言は肯定と取るぞ」


とりあえず青年は無関係だ、男の敵意は自分だけに向けさせよう

ヤシロはそう決め息を吸う


「私がこの者共を一人で殺した!そこの男は全く関係ない!」

「!?」

「ほおぅ・・・」


青年は驚いたようにヤシロを見た

男はそれを聞き笑みを浮かべる

家臣を殺され本来なら怒るべき所だが、男はニヤニヤと笑っている

なんなんだ、こいつは

男に対し不快感を覚え、無表情は崩さないが心の中で顔を顰めた


「・・・おい」


いつの間にやら後ろにいた青年がヤシロの横におり、声を掛けてくる

「なに?」と視線は男に向けたまま答えた


「お前は何処の国の者だ」

「少なくともここ付近の四つ国の国の人間ではないよ」

「・・・そうか」

「ほう、貴様が噂の異邦人という奴か」


会話が聞こえていたらしい

男はさらに瞳を三日月のように歪ませた


「なら、こちらに付かぬか?」

「は?」

「貴様が殺したのは我が国でも精鋭の部類に入る猛者、それを十五も倒したのだ、優遇してやる、悪い話ではないだろう」


それに、と視線は青年へと移った


「その男はクローバー王国の王族ヴァーミリオン家の者と見受ける、そやつの首を取り我に献上すれば全てを不問にしてやろう、元々邪魔な若僧だった」


ニヤニヤと気持ちの悪い笑みに青年は冷や汗が流れた

これでもし、あちらに着いてしまったら己は勝てるのだろうか、と

青年は男が何者なのか知っていた

青年の住むクローバー王国と敵対しているダイヤモンド王国の将軍の一人だ

顔は写真でしか見たことなく、しかも随分と昔の物だったが間違いはないだろう
了承の埋を聞いたら速攻攻撃を・・・


「悪いが今隣にいる奴の身分も首も命も興味はないし、何処かの国に世話になるつもりもない」

ヤシロはスっ、と刀を抜き男に向かって構える


「そもそも己の家臣を殺した相手に笑いながら勧誘するのも好ましくないし、戦でも何でもないのに何もしていない相手にいきなり殺しかかる家臣を育てるようなクズも嫌いだ」


青年は目を見開き、男からは笑みが消えた


「何より初対面の人間に頼み事をするのにおいてその傲慢な態度は軽蔑する、あぁ、あと私の母国にはこういう言葉があるんだ"馬鹿と猿は高いところが好き"っていうな、アンタは猿なのか?それとも生粋の馬鹿なのか?」


わなわなと怒りに震え男はパラパラと宙に浮いた本は捲れていく


「奴は爆発魔法の使い手だ!全ての魔法は触れれば爆発すると思え!!」
「助言感謝する、ならっ」


魔法を使う前に仕留めればいい

ここは森の中である

木々を上手く使い男の近くまで跳ね上がる


「死ね」


ヤシロの刀が男の頬を掠めるのと男の魔法がヤシロに当たるのはほぼ同時だった

ドガンと音がし、煙と共にヤシロが落ちていく

何とか着地したが、元々痛めていた左足に負荷をかけてしまい顔を顰めた


「大丈夫か?」

「魔法は当たる直前に石に当て、直ぐに後方に飛んで風圧ぐらいしか被害はない、大丈夫だ」


しかし、一瞬だが見えた赤色に、血の気が無くなっていくのが見なくてもわかった

何とか首を横に振り思考を元に戻す


「アンタは飛べないの?」

「飛べるには飛べるが、箒がない分小回りがきかない」

「・・・全部任せることになるけど、アイツの気を逸らして、そしたら隙を見て首を斬る」

「出来るのか」

「やらないとわからない、でも、もし首が斬れたら直ぐに下斜め後ろに下がってほしい」

「わかった」


青年は魔導書を開くと炎で創成された獅子を作り出しそれに跨り空へ駆け出す

胸の騒めきと喉の乾きを無視し青年が引き付けている間に男の後方へと駆け出した


・・・

もしや逃げたのではあるまいか

ヤシロに引きつけるよう任されてから時としては数分だが、青年には何とも言い難い長い時間のように感じた

既に一つ魔法を出している状態でもう一つ魔法を繰り出し応戦するのはなかなかに難しい

青年は傷だらけだった


「あの異邦人は逃げたか!!なら貴様を殺してから追いかけ殺しに行く!!」


男が狂気を帯びた笑みで最大の魔法を繰り出そうとした時だ

何の前触れもなく、男の首が斬れた

呆然と斬れた首をみるとすぐさま耳元でひゅん、と音が聞こえ頬と髪が数本切れた

"魔"も何も感じなかった

何が起こったのか

先に首が落ち、そして"魔"が途絶えた躰が落ちていく

ガサガサと音がする方を見たらヤシロが木から飛び降りた所だった

降りて直ぐにしゃがみこみ左足首を擦るあたり怪我でもしたのだろう

青年は急いでヤシロの元へ向かった


「大丈夫か!?」

「あぁ、私は平気、そっちこそボロボロだ・・・危険な事をさせてすみませんでした」

「いや、それは構わないのだが・・・」


本当に"魔"は感じなかったのだ

どうやって首を斬ったのか気になって仕方がない

だが不躾に聞くのもと戸惑っているとヤシロは青年を見て首をかしげた


「どうかした?」

「え、あ、いや」

「・・・もしかしてアンタも私殺す予定だった?」


刀を構え、距離をとるヤシロ
青年は慌てて弁解した


「違う!何も感じなかったのにどうやって首を斬ったのか気になっただけだ!驚きすぎて頭を下げるのを忘れてしまってな!」

「じゃぁ、その頬の傷私つけちゃった?」

「いや、気にするな!言われた通りに出来なかった私の落ち度・・・」


慌てる青年を他所にヤシロは鞄から軟膏を取り出し傷口に塗る

突然のことに青年は言葉を失ってしまった


「傷薬だ、直ぐにとは言わないが暫く塗り続ければ数日で跡は残らなくなるだろう」

「そ、うか」


はい、と渡した軟膏を受け取らせるとヤシロは刀を握り直す


「首斬ったのはこうやったんだ」


そう言い、刀を振りかぶり素早く振り下ろした

空を斬ったそれは、本来斬れるはずのない振り下ろした直線上にあった木を傷付ける

"魔"は感じない


「それだけか?どうやったらできる?」

「何かめっちゃ頑張った」

「俺でもできるか?」

「訓練すればこれぐらいならできるんじゃない?」


無表情は変わらないが、柔らかくなった雰囲気に安堵する青年

青年は右手を差し出すとニッ、と笑う


「俺はフエゴレオン・ヴァーミリオン、クローバー王国の王族だ」

「私は海を超えた日ノ国という所から流れ着いたヤシロという」


なかなか手を握らないヤシロに青年、もといフエゴレオンの笑顔も引きつっていく

ヤシロもヤシロで差し出されている右手にどう対応すればいいのか分かっていない


「おい、差し出したら握り返すのが礼儀だろう」

「握り返す・・・?」

「知らないのか?右手を出せ」


ヤシロが恐る恐る差し出すとフエゴレオンは容赦なく握る


「これが握手だ、仲間内のちょっと特別な挨拶に使う」

「なるほど、勉強になった」


興味深そうに見つめるあたり、本当に知らなかったのだろう

王族相手に国民なら無礼に当たる行いだがフエゴレオンは全く気にした様子もなくヤシロの手を見つめた

刀を握っているせいか肉刺ができておりゴツゴツとしているが、思ったより小さく驚いている

そう、フエゴレオンは性別を測りあぐねていた

黒髪は短いが顔立ちは男とも女とも取れる

そもそも髪が長いから女、短いから男と判断すれば自身はどうなのかとなってしまう

身長は低く感じるが日ノ国の男の平均身長がわからない

声も高めだが男と言われたら納得する高さだ

さて・・・と不意に胸元に視線がいく
何も無い胸を見て思った

あぁ、男か、と

なら男としては友になりたいとフエゴレオンは強く思う

何処の国に属する気は無いようだが友になればもしかしたら・・・と少しばかり下心があるのは許して欲しい

まだ魔導書がない当たり未成年だろうか、と思いながら話を弾ませていく

きっとフエゴレオンはこの出会いを忘れないだろう

だからフエゴレオンは知らない

後日その話題を投げかけた時「あー、そんな事もあったっけ?」程度で終わってしまうことを

そしてフエゴレオンが怒り頬を抓る事も

これはそんな二人を軸にした話である

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