*TOX2ネタバレ。トゥルーED後



 がちゃりと扉の開く音がした。食材を切っていた手を止め玄関へと向かうと、エルがぽつんとひとり立っている。彼女の足下にはルルもいた。おかえり、と声をかけたけれど、エルはリュックの紐をぎゅっと握りしめ俯いたまま動こうとしない。
 これでも彼女に会うのは数ヶ月ぶりだ。最後にかけた言葉は何だっただろうか。おはよう、いってらっしゃい。本当に、何気ない会話だったような気がする。帰ってきたら普通に迎えてあげようと思っていた。私にはそれくらいしか出来ないと思っていたから。何事もなかったかのように、受け入れようと。

「……おかえり、エル」

 俯いた帽子にそっと手を乗せる。そのまま撫でようとすれば、突然エルが私の腰に細い腕を回し抱きついてきた。ぎゅうっと服を握りしめ鳩尾の辺りにぐいぐいと顔が押し込まれる。やがて小さく震えだした彼女の身体に手を回せば微かな嗚咽が聞こえてきた。今までずっと我慢してきたのだろう。ゆっくりと背中をさする。子供扱いを嫌う彼女もこの時ばかりはなにも言わなかった。

「おかえりなさい」
「っ、名前……!」

 エルを助けるために彼らは部屋を出た。それぞれに苦しい運命を抱えて。エルが帰ってきたということはユリウスはルドガーたちの架け橋となったのだろう。エルがたったひとりで家に戻ってきたということはルドガーも彼女の為に尽くしたのだろう。少し前から感じていた原因の分からないぽっかりとした空虚感がようやく納得できた。

(そっか)

 自分が分史世界の人間だと知り、ずっと探していた父親も死んでしまった。エルはそんな辛い経験をしてきたというのに泣いている姿はほとんど見たことがない。ずっとずっと、頑張って耐えていたのだろう。それは……きっとルドガーがいたから。だから彼女は私に涙を見せているのだろう。支えてきたものを失う代償はあまりにもエルには大きすぎたのだ。
 そっと彼女の肩に触れて、ゆっくりと私の身体から離す。膝を折り、エルと同じ高さまで屈むと瞳には大粒の雫を溜めていた。涙で濡れた頬を手のひらでなぞり、指の腹で目尻に触れる。エル、と名前を呼ぶとみるみる内に彼女の顔は歪んでいった。次の瞬間、首筋に回された細い腕と肩口に当たる髪の毛。大きな泣き声が耳元で聞こえた。

「ルドガーの、バカ……っ!」
「……そうね」

 ルドガーだけじゃない。ユリウスも同罪だ。二人して、大馬鹿だ。エルのもう一人の保護者としてがっつり二人を説教してやりたいけど、それももうできない。それなら今度こそ守らなければ。二人が命を懸けて守った大切な子を、私が。今度こそ離すまいとエルの背中に腕を回す。震える小さな身体は最後に抱きしめた時よりも小柄に感じた。

「名前、頼みがあるんだ。もし、戻ってきたのがエルだけだったら……俺たちの部屋にエルと一緒に住んでくれないか。エルの家族は、もういない。名前以外に頼れる人がいないんだ。エルの助けになってあげてほしい。エルを守ってほしいんだ。これ以上、悲しい思いをさせたくない」
(……結局、泣かせてるじゃない)

 宿主のいなくなった部屋。足下にすり寄ってきたルルが小声で鳴く。不思議と瞳から涙は零れなかった。


どうかいまだけ
(彼らの代わりになれたなら)

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