*TOAネタバレ。未来を知っていて変えられなかった女の子のお話。



 ごめんなさいルーク。
 
 そう言って名前はひたすら涙を零した。

「なんで名前が泣くんだよ」
「だって……だって、ルークがっ……!」

 その先の言葉を言いたくないのか名前は視線を下に向けて薄紅色の唇を噛み締める。ずっとオレの服の裾をぎゅっと握りしめて離さない。笑うと極端に細くなる瞳からは大粒の涙がぽろぽろと溢れていた。旅の途中で一度も泣くことのなかったこいつが、だ。
 オレが死ぬかもしれないからか? 震える名前の指先に自分のそれを静かに乗せてティアたちには聞こえないように小さな声で囁いた。ぴくりと反応する小柄な身体。本当に名前の勘はすげえよな。

「勝手に人を殺すなって。絶対生きて帰るって言ったろ?」

 はっきり言って生きて帰れる保障は低い。でもそのことを知っているやつはいないはずだ(いや、ジェイドは流石に分かってるんだろうけど)。
 大丈夫だって。何度も励ましても名前の表情は明るくなるどころかむしろ暗くなるばかり。エルドラントはすでに崩壊し始めている。ここも危なくなるのも時間の問題だ。早く名前たちを安全な所に避難させてローレライを解放しないと。崩れていく建物を横目に考え込んでいると触れていた指先をきゅっと握りしめられて意識を名前に戻す。

「――――に、」
「え?」
「アッシュもルークも助けたかったのに。みんなを幸せにしたかったのに……結局、何も変えられなかった。私はただ見てることしか出来なかった。こんな結末を望んでルークと一緒に来たんじゃないのに……!」

 名前が責めるのはいつも自分だ。イオンが死んだ時も誰よりも悲しんで、悔やんでいた。
 今だからこそ思う。名前は泣いてなんかいかなかったんだ。誰にも気付かれないところで一人、今みたいに涙を零していたのだろう。

「……名前」
「ごめんなさいルーク。本当に、ごめんなさい」

 近くの柱に亀裂が入り、大きな音を立てて倒れた。流石にもうあいつらを残してはおけない。ティアが少し焦った声で名前を呼ぶ。けれど名前は一歩も動こうとせず、むしろ手を握る力が強くなった。目に涙を浮かべながら口を真一文字に結んだ名前はまるで駄々をこねる子どものようだ。本人が聞いたら絶対に怒るだろうけど。

「名前」
「……」
「頼むよ」

 大地が細かく振動を始める。それでも名前は手を引こうとしない。繋いだ指先から名前のぬくもりが伝わってくる。旅の途中で何度もオレを助けてくれたあたたかい手。アッシュとひとつになったら――オレはこの感触を忘れてしまうのだろうか。

「私はずっと……ずっと、ルークと一緒にいたいよ」

 オレも、ずっとずっと名前と一緒に生きたかった。
 
 喉元から出かかった言葉をぐっと飲み込む。オレはもう自分のやるべきことに覚悟を決めたんだ。今更、覆すわけにはいかない。世界の為にも、これから生きる仲間たちや名前の為にも。
 繋がっていない方の手で名前の頬に触れる。そのまま滑らせるように顔を持ち上げると潤んだ瞳と視線が交じり合った。オレの顔を見た名前はまた目尻から涙を落とす。

「もう泣くなって」
「……無理だよ」
「名前」

 最期くらい、いいよな? 冥土の土産ってやつ。
 頬に触れた手をゆっくりと離す。真っすぐに切りそろえられた前髪をそっと掬い、露わになった額に唇を押しつけた。時間にしてほんの数秒の出来事。まあまあ大胆な行動をしたと自分でも思うけど意外にもオレの心臓はそれほどうるさくない。
 
(流石に怒ったか……?)

 静かに唇を離して名前の顔を覗き込むと、名前はぽかんと口を開いたままの状態で固まっていた。名前のこんな間抜けな顔、見たこともなくて堪らず吹き出してしまった。笑い声が崩壊するエルドラントに響く。
 はっと意識を戻した名前は額を両手で押さえみるみるうちに頬を赤らめた。あれだけ零れ落ちていた涙もいつの間にか引っ込んでいる。

「おっ、泣き止んだな」
「ル、ルークなにして……!」
「なあ、名前。笑って?」

 最期に見るのが名前の泣き顔なんて嫌だ。
 やがて名前は頬を真っ赤に染めながら顔をくしゃくしゃにして笑う。その瞳は最後まで潤んでいたけれど、それでもオレにとっては十分だった。


落ちた滴が花になるまで
(どうか、その先の未来で幸せに)

title by/カカリア

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