未知の存在である名前さん。彼女を観察するようになってからいくつか分かったことがある。
 その一、名前さんの性格は日本人のそれに非常に近いということ。謙虚、と言った方が正しいのかもしれない。誰かに褒められても必ずと言っていいほどそんなことないですよ、と目尻を下げて曖昧に笑うのだ。妙に彼女に親近感が湧くのはその為なのだろうか。とにかく自分を過大評価しない人。それが名前さんである。
 その二、高スペックを持ち合わせていないということ。ユーリともそれなりに関わっているっぽいし武器も扱えたりするのではないかと直接本人に聞いてみたけれど、ものすごい勢いで否定された。ついでに言うと血を見るのも苦手らしい。魔物に襲われた経験があるとユーリに聞いていたからよほどトラウマになっているのだろう。何日も目を覚まさなかったとも聞いてるし。犬に腕を噛まれるのとは訳が違うのだ。でも、戦えないとなるとゲームの本編に混ざる可能性は少ないのだろうと私は思っている。彼女が加わることによってストーリーに影響が出たら大変だ。もしかしたら元の世界に帰れなくなる可能性だって出てくるのだから。
 そして、その三――。

「名前さんとユーリって仲いいですよね。付き合ってたりするんですか?」
「え……?」

 名前さんが異常にユーリを気にしているということ。
 ユーリが名前さんに近づいて話すことはあっても名前さんからユーリに話しかけることはほとんどなかった。ユーリを見つけても彼女は視線を送るだけでその場から去ろうとする。まるで気付いてほしくないかのように。控えめな部分が彼女にはあるし人見知りなのかとも思ったが、私には普通に近寄って話しかけてくれるのだから疑問は深まるばかり。ハンクスじいちゃんやテッドも同じ。何故かユーリだけにはしようとしない。なので……少し仕掛けてみることにした。
 賑やかな声で溢れる市民街。ちょうどユーリは下町の巡回をしているからばったり出会うことなんてまずないだろうと名前さんを街へ誘った。あくまで名前さんと二人きりになるための口実だったから買い物なんてどうでも良かったんだけど、それでも女子同士の買い物は楽しかった。特に名前さんは食品店の常連のようでお店の人が色んな食べ物をくれた。なんなのこの人の人望の深さ、ユーリ並じゃないか。食肉店でサービスとして貰ったコロッケをベンチに並んで座りながら口に運ぶ。

「そうそう。私、前から聞いてみたかったことがあるんですよ」

 隣でもぐもぐとコロッケを咀嚼する名前さんの耳元にそっと唇を寄せると、聞きやすいようにするために僅かに身体を傾けてくる。より近くなった耳に小声で囁くとぴしりと名前さんの表情が固まった。

(……ありゃ?)

 自分的には顔を赤らめるとか笑ってごまかすとか少なからず期待してたんだけどな。ゆっくりと私の方を向いた名前さんの表情は、まるでこの世の終わりだとでも言うように血の気がなくなっていた。予想を遥かに越えた反応にこちらも戸惑いを隠せない。無理矢理笑みを浮かべて名前さんを見上げる。

「えっと、名前さん? 大丈夫ですか?」
「…………そんな仲良く見えますか、わたしとユーリさんって」
「あ、あくまでも私から見ればの話ですよ?」

 なんで私までこんなに動揺しているんだろう。
 青ざめたまま名前さんは静かに瞼を閉じる。深い呼吸をした後に、そうですかと小さく呟いた。明らかにトーンの下がった声になんだか罪悪感が湧き上がってくる。地雷でも踏んでしまったのだろうか。本当はユーリのこと、あんまり好きじゃないとか? だから彼のことを避けていたのだろうか? 恐る恐る名前さんの顔を覗き込む。

「あのぅ、もしかして嫌でした? こういうこと言われるの」
「い、いえ、そうじゃないんです。別に嫌とかじゃなくて。ただ、その……なんて言ったらいいんだろう」

 そう言って名前さんは力ない笑みを浮かべた。悲しみを帯びた横顔。どうやら名前さんにも何らかの事情があるらしい。これは今までになかった新しい発見だ。黙り込む彼女を横目で追いながらコロッケの最後の一口を頬張る。不謹慎かもしれないが一歩、踏み込ませてもらおう。もしかしたら私にも協力できることがあるかもしれない。

「――あの、名前さん。何かあったら……いたっ!?」
「なにやってんだお前は」

 手刀ってちょっとひどくないか。地味に痛い。攻撃された頭を擦りつつ背後に立つユーリを睨みつける。神出鬼没すぎるでしょ、おまけにタイミング良すぎるし。どっかで盗聴でもしてたんじゃないのこいつ。ユ、ユーリさん……? 私がユーリを見上げる隣で名前さんが戸惑った声を上げる。その中には少なからず安堵の声も混じっていて。やっぱり、名前さんはユーリが好きなのだろうか。でも、それならさっき青ざめたあの反応はなんだったのだろう。

「女の子に手上げるとか、ユーリ酷い」
「これでも手加減してやってんだぞ。ありがたく思えよ」

 嘲笑を浮かべるユーリの無駄に整った鼻をへし折ってやりたい。だけど、相手がユーリじゃ物理的に無理だから名前さんに助けを求めることにした。彼女にすり寄って華奢な腕に自分のそれを絡ませる。この人酷いと思いません? ほんの少し甘えるような声で名前さんに尋ねると、眉を下げて曖昧な笑みを浮かべた。どうやらどちらの立場に立てばいいのか分からないらしい。優しいなあ、名前さん。私のこと庇ってくれていいのに。

「……仲良しですよね、お二人って」
「ははは、冗談上手いな名前」
「ユーリ殴るよ」

 ああ、楽しいなこういうの。いつ帰れるのか分からない不安はあるが、それ以上にゲームの中の憧れたキャラクターとこうして会話が出来るなんて夢のよう。名前さんに気付かれないように、そっと顔を窺う。まだ苦笑いを浮かべているものの、ユーリを見る視線に熱を帯びたものは感じられない。少なくとも名前さんがユーリを想っている可能性は薄い。
 まあ、名前さんがストーリー上に関わってくるかもという疑惑は私の杞憂に終わりそうだ。

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