名前さん。彼女の立ち位置はまるでもう一人の主人公のようだった。まあ、ヴェスペリアにおいてそんなキャラはいないんだけど。
 ひとりで悶々と考えていても仕方がないと、服の裾を払いながら立ち上がる。分からないのなら調べればいい、どうせ暇なんだし。問題なのは名前についてどのように情報を集めるかだ。直接本人に聞くか、それとも周囲の人から探りを入れるか。

「一人でなにやってんだ?」

 うんうんと腕を組んで悩んでいると背後から声をかけられ肩越しに振り返る。そこにいた人物に思わず表情を明るくした。

「ユーリっ!」

 ぱたぱたと彼に駆け寄ったところでハッと私は気付いた。そうだ、この人は下町に詳しいじゃないか。これはチャンス! と思ってユーリの腕を勢いよく掴み名前さんについて尋ねる。ねえ、名前さんって何歳? ずっと下町にいるの? それともユーリの幼馴染? ずいずいと距離を縮めつつ問い詰めると、ユーリは多少なりともびっくりしたのか少し目を見開いていた。驚くユーリの顔がこんな至近距離で見られるなんてラッキーじゃないか、グッジョブ私。

「おい、とりあえず落ち着けって」
「うん落ち着いてる。だから質問の答えは?」

 早く早くと急かす私をユーリは呆れたように見下ろし溜め息を吐いた。そんな仕草すら絵になるとは流石、顔が良い男は違う。見惚れるのもほどほどに、今優先するべきなのは名前さんのことだ。どうなのユーリ? 頭ひとつ分以上高い位置にある整った顔を見上げ、彼の返答を待っていると不意に紫黒の瞳が宿屋の方向に動いた。私もユーリの視線を追いかけるように顔を横に滑らせる。彼の視線の先には名前さん。お客さんと会話でもしているのだろう。お盆を抱えながら名前さんは控えめに微笑んでいた。初めて出会った時もそうだったが、あの人は困ったように眉を下げて笑うのが癖のようだ。
 ユーリが名前さんを見ていることをいいことに、そっと彼の表情を窺って……私は目を丸くした。彼女を見る目があまりにも優しかったのだ。え、まさかのそういうフラグ? だってユーリにはエステルがいるんじゃないの? あ、でもゲーム中でそういう描写ってないしなあ、うーん……。

「あいつ、ここにくるまでの記憶がないんだよ」
「記憶がない?」
「ああ」

 なんでもハンクスじいちゃんが下町と結界魔導器(シルトブラスティア)の境界の辺りで名前さんを見つけてきたらしい。腕を怪我していたのもあって慌てて家に運んで治療したのだとか。その時の傷跡は残っていないが今でも腕を擦る癖が残っているとユーリは言う。やっぱりユーリは人のことをよく見ているなあと感心していると、さっきまで名前さんに向いていたはずの視線が自分に向いていることに気が付いた。真っ直ぐに見下ろしてくる紫黒の瞳を見つめ返し、なに? と問いかけるといや、と短い返事が返ってくる。

「それくらいのことならオレじゃなくて本人に聞けばいいだろ」
「だって名前さん、働いてるし」

 邪魔しちゃ悪いでしょ? 口元の両端を吊り上げてみせるとユーリはまた溜め息をひとつ零した。肩を竦めたことで艶やかな紫黒の髪が揺れる。うわあ、なんで男の人なのに髪の毛こんなに綺麗なんだろ。毛先まで栄養行き届いてそうだし枝毛とか一本もないんだろうな、羨ましい。若干妬ましさも混じった視線をユーリに送っているとそういや、と彼は思い出したように口を開いた。

「お前も倒れてたんだっけ。水道魔導器の前で」
「え? ……ああ、まあね」
「そこだけは名前と似てるよな」

 他は全く似てないけど。しれっと悪びれもなく言い放ったユーリを睨みつける。どうせ私は名前さんみたいにおしとやかじゃないですよーだ。むすっと口を尖らせれば、ユーリがいかにも楽しそうに笑う。くそう、かっこいい。けれどやられっぱなしは性に合わないのでなんとか仕返しが出来ないかと考えあぐねていると、ユーリさん? と不思議そうな声。反射的に声の聞こえた方に顔を向けると、木製の買い物かごを腕に通した話題の張本人が軽く首を傾げていた。主要人物でもモブでもない未知のキャラクターの名前さんだけど、どこか憎めないんだよなあ。私にも優しく接してくれるし。

「こんにちは名前さん! お買い物ですか?」
「はい、女将さんに頼まれて」

 そう言って名前さんはかごを軽く持ち上げた。ハンクスじいちゃんと一緒に住んでいるけど、ただお世話になっているだけじゃ申し訳ないからと自分から宿屋の手伝いをさせてほしいとお願いしたらしい。なんて健気なの名前さん……! その話を聞いてから不信感はぐんと少なくなった。それでも分からない部分は何点かあるのだけど。とりあえず悪い人ではないとは思っている。

「何買うんだ?」
「えっと、牛乳と卵と人参と……」
「はいっ! 私、お手伝いしますっ」
「お前病み上がりだろ」
「いいじゃん、買い物に付き合うくらい」

 過保護ユーリ。なんだよそれ。過保護なユーリだから過保護ユーリ。お前なあ……。
 ユーリといがみ合っていると、名前さんがくすくすと口元を隠しながら笑いだした。目元を細めて楽しそうに。こんなに楽しそうに笑うところなんて見たことなくて思わずじいっと彼女を見つめていると弾かれた様に目を見開いた。すっ、すみませんっ。どうやら私が怒ったと勘違いしてしまったようだ。慌てる彼女ににユーリがなんで謝るんだよ、と言いながら自然な動作で彼女のかごをさらう。あ、と名前さんが小さく声を零した。ユーリのこういうところ、ほんとにずるいよなあ。私も負けるわけにはいかないと名前さんの腕に絡みつく。ぱちくりと瞳を瞬かせる彼女ににっこりと笑いかけた。分からないのなら少しずつ知ればいい。それくらいの時間はあるはず。

「言ったじゃないですか。お手伝いしますって」
「でも、病み上がりなんじゃ」
「名前。もうこいつになに言っても無駄だ」
「えっと……じゃあ、よろしくお願いします」
「はいっ、任せてください!」

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