休日の昼下がり。同じくお休みだった彼女を誘い、私のマンションでお茶とケーキを楽しんでいた。贅沢にワンホールをお取り寄せしたスフレチーズケーキを切って、ストレートのロズレイティーを淹れる。ちょっといいティーセットでお茶をするのが、最近のブームだ。
 
ケーキも美味しくいただき、食後の一杯を楽しむ。本来ならこの穏やかな時間に出す話題ではないとわかっているけれど、今を逃したら次はいつになるかわからない。申し訳なく思いながら、リラックスした表情のイブキちゃんに切り出した。

「ねえ、イブキちゃん。ちょっと変なことを訊いてもいい?」
「構わないわよ。嫌だったら断るだけだし」
 
さっぱりとした態度は彼女の美点だ。そういうところが好きなのだ、と胸がくすぐられながら、口を開く。

「イブキちゃんにも、一族の刺青ってあるの?」
 
一瞬だけ、彼女の動きが止まる。目を見開き私を見つめ、大きく息を吐き出した。

「――ワタルね?」
「うん。ちょっといろいろあって、ね」
「別に秘匿にしているわけじゃないし、いいのだけれど。ただワタルがその話題を出すのが意外なのよね……」
 
まあ、あなた相手なら口を滑らせてしまうかも、とイブキちゃんはカップを傾ける。そしてあっさりと「あるわよ」と頷いた。

「えっ、でも……」

イブキちゃんの今日の服装はハイネックノースリーブだ。先ほどの言葉と矛盾しているような気がする。私の言いたげな視線に気づいたのだろう。自身のさらけ出した腕に目を向けた。

「今、見えている場所に無いだけよ。腕に刻まれたら、わたしも隠すわ」
 
隠す≠ニいう単語に引っかかりを覚えた。昔に比べ、今はファッションとして刺青を扱っている人も多い。そこまで拒否されることもないのではないか。それを素直に口にすると、イブキちゃんはばっさりと否定する。

「そういうものじゃないのよ。これは」
「?」
 
ワタルはそこまで教えなかったのね、と彼女は呟く。

「彫られる刺青は一族の歴史のそのものなの。初代から脈々と受け継がれていた紋様を身体に刻み、自分の紋様を加え、次代に継いでいく。ただの刺青とは意味が異なるのよ」
 
特にワタルなんて本家だから紋様も身体中にあるし、ヘタに出したほうが怯えられるわよ、と付け加えた。

「そういうことだから、あまり他人に見せるものではないわ」

話はそれで終わりなのだろう。イブキちゃんの纏う空気でそれを悟った私は続きを求めることなく「ありがとう」とお礼を言った。同時に安心もする。
ナツメさんからマーキング≠ニ言われ、最初に思い浮かんだのがワタルくんに見せられた刺青だった。ポケモンに怯えられ始めたタイミングと、刺青を見たときに奔った心の奥を盗まれたような感覚。無関係とはもう考えられない。
だからイブキちゃんに刺青の話を振ったのだけれど――私の勘違いのようだ。彼らの誇りを疑ってしまったことに申し訳なくなる。

「変なこと聞いてごめんね」
「いいえ、大丈夫。でも理由は知りたいわね。あなたは無意味にこういうことを訊くタイプじゃないから」
 
預けられた信頼が刺さる。しかし本当のことを話すわけにもいかない。「次のシーズンでは、みんなで一緒にプールとか行けたらって」と誤魔化す。実際、嘘ではなく本当に行きたいと思っていたので、イブキちゃんはすんなりと納得した。

「でも今の話を聞いたらワタルくんは誘えないか」
「そもそもワタルはそういうところへ行ったことないしね」
「え? でも小さいころなら――」

言いかけて気づく。彼は修行に明け暮れ、そういう遊びもしていないのかもしれない。そう思うと余計に連れていきたくなる。貸し切りは難しいし、マイナーなビーチとかなら人目も避けられるだろうか。
唸っている私に「残念だけど、考えていることは多分無理よ」とイブキちゃんは切り捨てた。

「どうして? そりゃあ誰の目にも触れないっていうのは無理だろうけど……」
「そうじゃないの。あなたが一緒に行く時点で、無理なのよ」
 
彼女の声音は先ほどと変わらない。変わらないけれど、言葉の重さが違う。耳に入る音が揺れた気がした。

「どういう、意味……?」

自分の声さえ、遠い。
イブキちゃんは視線を落とし、カップの縁を指でなぞる。きっと私に話すかどうか迷っているのだろう。しばらく深く重い時間だけが続き、ようやくその口を開いた。

「――刺青の紋様は一族以外の人間に見せてはいけないの。いくらあなただからといって、それは例外じゃない」
 
続きを尋ねる前に、彼女は話す。

「他人が、一族の血を得ていない者が見たら『囚われる』と言われているわ」
「とらわれる……」
「ええ。一族の歴史と血。そして誇り高き我らが竜に契りを結ばされるの。相手のことなんてお構いなしにね」
 
どんな表情をしていいかわからなかった。それは私の求めていた答えに違いない。違いないはずなのに、聞きたくなかった。意識しないと、呼吸の仕方を忘れてしまいそうになる。

「一族以外の他人が目にするときは、嫁入りとか婿入りとか……つまり一族に与するときでないとだめ。それ以外の、中途半端に表へ出してはいけない」
「迷信、だよね?」
 
彼女が首を横に振ることを祈っていた。祈っていたのに、裏切られる。

「わからないわ。でも迷信だろうが、なんだろうがどうでもいいのよ。わたしたちには、その言葉が全て。刻まれてきた歴史と掟が大事。――わたしは、わたしとワタルはそういう生き方をしているの」
 
だから三人で遊ぶのなら違うところにしましょう、と私を気遣うイブキちゃんの声に曖昧に返事をする。ぐるぐると様々な感情が身の内に渦巻いていた。
私は囚われてしまったのだろうか。フスベの竜に。一方的に契りを結ばされてしまった?
だからあそこに住んでいるポケモンや二人の手持ち以外には怯えられてしまう?
 
ワタルくんに会わないと。でないと私は、それこそ囚われたままだ。


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