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グライオンの先導で進んで行く。うっそうとした木々の中は足元が悪い。何度か転びそうになりながらも、私は確かに歩いていた。でもポケモンはすごい。こんな状況でもグライオンの飛行に淀みは無いし、後ろからついてくるミミロップも涼しい顔をしている。
 
普段、こんなところに人間は来ないのだろう。野生のチェリムやミノムッチが枝の合間から顔を出して、こちらを見ている。すぐに逃げるケムッソさえ、興味津々といった瞳を向けていた。普段は襲ってきそうなポケモンでさえ、じっとしているだけ。こんな状況で戦闘になったら困るからありがたい。

滴る汗をぬぐい、荒げる息を整える。「いったん休憩!」と叫びそうになったところで、グライオンが止まった。こちらを振り返り、大きなハサミと尾を振ってなにかを伝えてくる。

「……わかった。ありがとうね」
 
なんて気の利く仲間だろう。私のために時間を作ってくれている。身体についた葉っぱを落とし、手櫛で髪を整えた。久しぶりの再会なのだから、多少は格好をつけないと。そんな努力をしても、彼はきっと気づかないだろうけれど。
 
よし、と気合を入れて、一歩踏み出す。すぐに開けた場所へ出た。ちょうど陽が差し込む作りになっているのか、ひどくまぶしい。暗いところにいたから特にそう感じる。こんな森に居を構えて大丈夫なのかな。まあ、そのあたりはぬかりないに違いないけれど。
 
ぽつりとある天幕はギンナンさんの目を盗んで商会から持ってきたのだろう。彼がずっと使っていたのは置いていったから、こっそり拝借してきたものに違いない。やっぱりぬかりないな。
中、いるかな、と周囲をきょろきょろ見渡していると、枝が折れる音が耳に響いた。

「……なぜここにいるんですか」
 
ついでに聞きなれた、鋭い声も。

「驚いた? ウォロくん」
「ええ。とても」
 
そう言う割に表情は冷たいままだ。彼は意外にもイチョウ商会の制服をそのまま着ていた(さすがにエプロンは外しているけれど)。見た目だけは、あの日に別れたままのウォロくんがそこにいる。
彼は私の傍らにいるグライオンを一瞥し、納得がいったようだった。「わざわざジブンを探したんですか」と吐き捨てた。

「うん」
「ギンガ団に入ってまで?」
「あ、気づいた?」
「その格好を見れば、イヤでもわかりますよ」
 
似合っているかな? とはさすがに訊けなさそうだ。
――そう、私はイチョウ商会を辞め、ギンガ団調査隊に入隊した。ポケモン調査はテルくんとショウちゃんが担当しているので、私はヒスイの土地の調査。もっと正確な地図を作ったり、警備隊と協力して人の住める場所を探していくのがお仕事。もともと土地感はあったし、頼りになる二匹の仲間がいる。ラベン博士やテルくんの口添えもあったおかげか、私は想定よりもあっさりと調査隊になることができた。
 
ギンナンさんも私が抜けることに最初は渋っていたけれど、折れてくれた。コトブキムラで顔を合わせるたびに、ここぞとばかりに商品を勧めてくるのは困るけど。よくわからない絡繰り機械を好んで買うのはテルくんぐらいなのに。あの子は存外お金に糸目をつけないことを初めて知った。
 
グライオンにヒスイを回ってもらいながら行なうお仕事は、私の隠された目的とぴったり一致していて。ようやく私は彼を――ウォロくんを見つけ出すことができた。

「聞いたのでしょう? ジブンがしたことを」

イラついたような声に「まあね」と答える。途端にウォロくんに睨みつけられた。
「それでも会いたかった、と? お人よし、いや、能天気にもほどがある。ここを知ったあなたを――ワタクシが始末しないとでも思わなかったのですか?」
 
いつの間にかウォロくんの背後にはルカリオが立っていた。その横にはあの小さなトゲピーが進化したであろうトゲキッスも控えている。途端にミミロップとグライガーは私を守るように前へ出た。漂う空気が緊張感に染まっていく。けれど私はそこまで警戒するつもりはない。

「まあ、ちょっとは」
 
軽く答えると、ウォロくんの訝し気に眉を顰めた。

「それなのに、のこのことやってくるなんて……」
「だって会いたかったんだもの。ウォロくんに」
 
それが全てだ。あれで終わりにしたくなかった。ただそれだけ。単なる私のわがままだ。ウォロくんにおかまいなしの。こんなこと、改めて口にしなくてもウォロくんにはとっくに伝わっているだろう。

「こうして会えて満足です。ウォロくんがまたどこかに行っても、もう諦められるよ」
 
この拠点を捨て、どこかへ行方をくらまし、ヒスイ地方を出ていったとしても。私はもう彼を追いかけない。これで私たちの関係は終わりにできる。
ちらりとウォロくんに盗み見る。うん。やっぱりこうして会えてよかった。多分、すっごい迷惑だろうけれど、それは諦めてもらうしかない。案の定、彼が重いため息を吐き出した。

「どうやら見誤っていたようです。セトカさんのことを」
「そう? 我ながら、わかりやすいと思うけれど」
「どこがですか」
 
ウォロくんは渋い表情のままポケモンたちをボールに戻した。そして「誰かに告げたら、承知しませんからね」と釘を刺してくる。でも、それってつまり「まだここに残る」という意味に他ならないのでは?

「ワタクシの目的のために、この土地にはまだまだ利用価値がある」
「言い方」
「事実ですので」
 
悪びれないウォロくんに苦笑しか返せない。「なにを当たり前のことを言っているんだ」なんて目で見てくるものだから、余計に。

「誰にも言うつもりはないよ。全部自己満足だからね」
「ギンガ団もとんだ厄介者を抱え込んだものだな」
「うわ、それも否定できない!」
 
ごめんなさい。すべて私がいけません。心の中でデンボク団長とシマボシ隊長に謝罪していると、ミミロップが私の裾を引っ張った。ああ、そうか。そろそろ戻らなければ。調査のために外泊をすることも多いから普段は気にしないけど、今日はちゃんと帰ってくるようにと強く言われている。私は真面目な調査隊員ですので、上司の命令には従うのです。

「私、そろそろ帰るね」
「ええ。願ったり叶ったりですよ。次に来るときには予め知らせるように。だいたい、今日もワタクシがちょうど戻ってきたからいいものを――なんですか、その顔」
 
なんですか、はこちらの台詞だ。震えるくちびると声を叱咤して、私は尋ねる。でも、どんなに我慢しようとしても、ちょっとだけ頬は緩んでしまっているに違いない。

「また来ていいの? 私、ウォロくんに会いに来ていいの?」
「……あなたからギンガ団の動向を探るのも悪くないと思ったんですよ。セトカさんのことです。ちょっとカマをかければ、すぐに口を滑らせるでしょう?」
 
失礼な! とは怒れなかった。ウォロくんは口が上手いから、乗せられてしまうかもしれない。
でも「また会っていい」とウォロくんが言ってくれた。それがいまは全て。ゆるんだ表情はそう簡単に戻らない。この嬉しさはなかなか他人には伝わらないだろう。

「そんなににやけて……」
「だって嬉しくて」
 
理解できない、と彼は呟いた。そんなこと言ったら、私だって彼の野望はこれっぽっちも理解できない。単純にアルセウスに会いたい、ぐらいだったらわかるのに。さっきまでの私がまさしくそうだったし。

「本当に理解できない。たった一人の人間を探すためにイチョウ商会を辞めた? 危険極まりない調査隊に入った?」
 
どこか自嘲気味にウォロくんは笑った。

「セトカさん。まさかあなたは、ワタクシに恋でもしているんですか?」
 
恐らくそれは私を揶揄うために発せられた言葉で、それ以上の意味もそれ以下の意味も持っていないのだろう。慌てふためき、否定する私を見て嗤う準備が整っているに違いない。

けれどウォロくんの思惑と反対に、私の心にその言葉がストンと落ちてしまった。自分がどうしてこんなにも彼に会いたくて仕方なかったのか。単純なことだったから見落としていたのかも。まさか本人から指摘されるとは思いもしなかった。

「そっか。私、ウォロくんのこと好きだったんだ」
「…………は?」
「うん。すごいしっくりくる。私、ウォロくんのこと好きみたい」
 
ウォロくんは目を見開いたまま、固まっている。あまりの衝撃だったみたいだ。
一方で私は心が軽くなったせいか、身体まで軽やかになった気がさえする始末。なんだか今日はよく眠れそうだ。なんでもどんとこい! って感じ。

「じゃあ、私、帰るね。またね」
 
ひらりと手を振って私は来た道を戻る。最後にちらりと彼を見たが、まだ固まっていた。ウォロくんって人当たりがよかったから告白されなれていると思っていたけれど、そうでもないみたい。かわいいところあるじゃない。もしかしたら私が初めて彼に告白したのかも、なんて。
 
だいぶ離れたところで「言い逃げじゃねぇか!!」と絶叫が聞こえた……ような? まあ、気のせいだよね。きっと。

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