※水戸くんをはじめSDキャラが人外なパロディ設定です
※
これの続き
事の発端は三百年前まで遡る。七篠梢の祖先がはぐれ桜の神社にお参りしたところから全てが始まった。
とある日、年若い母親が子の病が治るようにと、この神社に祈ったのだという。しかし時は十月。いわゆる神無月のころ。桜木花道とその愉快な仲間たちは出雲へ出かけており、神社にはハズレくじを引いたせいで留守を任された水戸洋平のみ。
子の病を治すぐらい残された水戸洋平の神力だけでもなんとかできる。けれども母親は賽銭も供え物もせず、ただ祈るばかり。
そのころは現代よりも神と人の距離が良くも悪くも近かった。ゆえに対価もなく願いを叶えるのは他の神や人間の手前、少々難しい。
——願いを叶えてやりたいのはやまやまだが、さてどうしたものか。
考えた水戸洋平は名案を思いつき、母親の前へ姿を現した。
「あんたの子孫——そうだな、三百年ぐらいあとの子孫。そのときに生まれた子をオレの妻にしていいのなら、その願い叶えよう」と。
遠い子孫のことより目の前の子。母親はすぐさまそれに頷いた。水戸洋平は約束通り、桜木印の「とっておき薬」を彼女に渡した。たいそう喜んだ母親は家に帰り、その薬を子に飲ませた。するとみるみるうちに子の病は治り、それどころかさらに丈夫になった。以来、その家系は今日まで末永く繁栄している。
「めでたし、めでたし」
おしまい。の最後の文字が現れる。高宮さんお手製の紙芝居はわかりやすかった。紙芝居なんて久しぶりに見たな。完成度の高さに思わず拍手をしかけて——
「私、とばっちりじゃん! 関係ないじゃん!」
我に返って水戸さんに詰め寄る。彼は気まずそうに視線を逸らし、その後ろではげらげらと笑うみんなの声が響いていた。
「若気の至りってコエーよな」
「そういう問題!?」
「まあまあ梢ちゃん、落ちついて。さすがにオレからも弁解させて」
ホールドアップのまま冷汗をかく水戸さん曰く「三百年先まで家系が続くと思っていなかった」「オレもすっかり忘れていた」とのこと。
家系が続くと思っていなかったというのは、正直なんとなくわかる。今のようにコンビニやスーパーが乱立しているわけじゃない。不作が続けば飢えてしまうだろうし、それこそ病気になれば一大事だ。お医者さんに診てもらうにも相当苦労するだろう。——だからその母親は神頼みに至ったわけだけど。
とにかく、ちょっとした拍子で家系が絶える可能性は非常に高い。それはよくわかる。
ただもう一つの「すっかり忘れていた」って理由は納得できない。水戸さん自身にも関わる大事なことでは!?
「正直、いらない対価だったんだよ。なにかしらの理由があれば薬を渡せるから、とにかくこじつけようって気持ちしかなかった。その程度だったってワケ」
「それですっかり忘れていたの?」
「三百年の間になにがあったか考えてみてよ、梢ちゃん。いくら神様のオレたちだって、結構波乱万丈な三百年間だったんだぜ?」
……確かに、そうかも。三百年前といえばざっくり江戸時代ごろ。そこから開国して、文明開化が起きて。社会の授業で教わったことだけでも数えればキリが無い。その間、彼らはずっとここで生きているのなら、些細な約束なんて忘れてしまっても仕方無い……のかも?
だってこの神社ができて今日まで、ずっとこの神様たちは私たちのお願いを聞いて、叶えてくれている。それも途方無い数を。そう考えれば三百年前のたった一日ぐらい、すっかり記憶から無くなってしまっても責められない。
「なら、そのまま忘れてしまったらよかったのに……」
「オレもそのつもりだったよ」
「じゃあ、どうして思いだしたの」
「梢ちゃんと出会ったから。梢ちゃんを見て、全部、思いだした」
ふいに彼の指が私の頬にふれた。そのままゆっくりと撫でられる。「私」という存在を確かめるように。少しくすぐったくて、でも優しい手つき。大切なものにでもふれるような仕草だったものだから、見つめられる瞳につられ、息をのんでしまう。
「生まれたばかりの梢ちゃんが両親に連れられて、ここに来たときに一目見てすぐわかった。この子がオレのお嫁さんになる子なんだな、って」
そして年月が経ち、私が十八歳になったこの日に結婚を申し込むべく、彼らはいろいろと準備をしていたらしい。ただちょっとしたアクシデントのせいで、うまく事は運ばなかったわけだけども。
水戸さんはそう語りながら、じっと私を見つめ続けていた。外されない瞳になんとなく居心地が悪くなって、こちらが視線を逸らそうとしても彼の纏う空気がそれを許してくれなかった。
「ずっと見守っていたんだぜ。信じられねーかもしれないけどさ」
「だ、だって私は今日初めて会ったし……」
「でもオレは見てた。梢ちゃんを、ずっと」
距離がまた近づく。しかも顔と顔が。頬に添えられた手が私を逃がしてはくれない。
これ、もしかしてキスされる? 待って、と言いたいけれど言葉が出てこない。それどころか自然と彼を誘うように瞼が落ちてくる。熱いまなざし、囁かれる名前。頭がくらくらしてきた。
私、このまま水戸さんとキスしちゃうのかな——
ぐうぅぅぅぅうぅぅう。
「…………」
「オレじゃねーぞ! 花道だ!」
「ち、ちげーって! 高宮だ!」
「いや、今の腹の音は花道だな」
「だな」
「ふぬっ! 庇ってやろうって気持ちは少しもねーのかよ!」
ねーよ! あるわけねーだろ! いいところだったのに!
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めてもらったおかげで、先程のしっとりとした雰囲気は無くなってしまった。思考もクリアになっている。これ幸いと、慌てて水戸さんから距離を取れば、彼のほうから重いため息が聞こえてきた。それとイライラとした舌打ちも。
刺さる視線を無視しながら、なんとか花道さんたちの会話に入ろうとわざとらしく大きな声を出した。
「そ、そういえばみんなご飯食べてなかったもんね! 私だけおにぎり食べちゃってごめん」
「あー、いや、このメシはなぁ」
言葉を濁らせた野間さんはちらりと水戸さんを見る。再び、彼から重いため息を吐きだされた。
「オレの失恋記念の料理なんだよ」
「えっ」
「こいつら全員、オレがフラれるってほうに賭けてたんだぜ。薄情だよなァ」
ぼやく彼は近くにあった唐揚げらしきものをつまんで食べた。あーっ! と花道さんから非難めいた声があがる。それを合図に次々とご飯が消えていく。みんな一口が大きい。見たことないけど男子高校生の食事風景って感じだ。
ぽかんと圧倒されている私に水戸さんは苦笑する。つい身構えてしまったけれど、彼はもうあの空気は纏っていなかった。うるさかった心臓もようやく落ち着いたころだったので、ちょっと安心した。
「ちょっと先走ったけど、オレはマジで梢ちゃんを夫婦になりたいよ」
「め、めおと」
「そう。夫婦。つっても簡単に頷けないのもわかってるつもり。時代錯誤なのも重々承知だぜ」
神様に嫁入りだなんて、昔話でしか聞いたことが無い。しかも本当かどうかわからないやつ。
個人的にも三百年前の約束を私が果たせと言われても、すぐには飲み込めないのが本音。
さっきキスをしかけたのだって……ちょっと空気にのまれただけ、だよね。私って流されやすい性格なのかもしれない。
「じゃあ、この話は無し?」
「いやそうもいかなくてさ。実のところ、ちょっとだけ付き合ってほしいんだよな」
付き合ってほしい、の言葉にドキリとしたけれど隣の彼には気づかれていないみたいだ。
曰く、二カ月後にこの地域付近の神様たちが集まる会合があるらしい。そして水戸さんに「私」というお嫁さん候補がいることも、そこにいる全員に知られているとのこと。
「梢ちゃんが十八になったのもバレちまっててさ。そろそろ嫁入りだなーなんて、近くのセンパイがうるせーのなんのって」
「……もしかしてそのセンパイを誤魔化したい、とかあったり?」
「お、さすが、察しがいいね。そのとおり。一回顔見せたら次の会合は何十年後とかになるだろうし。この一度きりでいいから、オレのお嫁さんのフリをしてくれない? 隣にいるところ見せたら向こうも黙るだろうし。つーか、黙らせる」
オレを助けると思ってさ。ね、お願い。と眉を下げ、彼は私の顔を覗き込んでくる。その表情から、か弱い小動物が連想されて、ぐらぐらと心が揺れた。先程と打って変わってかわいい水戸さんにきゅんと胸がときめく。
……まあ、つまり。期間限定でお嫁さんのフリをすればいいってことだよね?
その程度ならいいかも。なにより当の本人がそうだと言っているのだし。
ご先祖様を助けてもらったのに、困っている水戸さんを「知りません。関係ありません」としてしまうのは私としてもちょっと咎める気持ちがある。
「わかった、期間限定ならいいよ」
「ありがと」
瞬きもできない間にするりと距離が詰められる。握られた手に指が絡む。
急なスキンシップに驚きで飛び上がった私を見て、彼は笑い声をこぼした。先ほどの儚げな様子はとうに消え失せている。
……あれ、もしかして。私、だまされた?
「いまから夫婦になるんだからさ。こういうのも少しずつ慣れていこうぜ」
「フリ、だよね?」
「もちろん」
そのつもりだよ。
こそりと囁かれた声は甘く蕩けていて。本当にフリだよね? と私が何度も確認をするたびに、彼は目を細め、そのたびに頷いていた。
「梢先輩のお守り、手作りですか?」
通学カバンにつけた水色のお守り。開けた窓から入り込んだ風に揺れるそれを、部活の後輩は目敏く見つけたらしい。かわいい! とはしゃいだ声でそれを眺める彼女に返事をするのを一瞬忘れる。「先輩?」と心配そうに声をかけられてしまった。
「ごめん、ぼーっとしてた。そうなの手作りで。よく気づいたね」
「やっぱり! 縫い目のあたりがぽいかなって思ったんですよ。受験のですか?」
「まあ、そんなとこ」
「わぁ素敵! 先輩のこと想いながら作ってくれたんですね」
その言葉に一瞬言葉が詰まる。
このお守りは水戸さんからもらったものだ。今の私は限りなく彼らに「近い」存在らしく、そのせいで人外の者から目をつけられやすくなっているとのこと。それらから守るためと、神社に行ったときにいつでもみんなと会えるための鍵の役割をこのお守りは担っている。
はぐれ桜の神社は無人神社だからお守りの類は売っていない。だから私のためにわざわざ用意してもらったお守りだとわかっている。だけども、こうして他の人から「私のために作った」と改めて言われると、ちょっとこそばゆい。
水戸さんが作ってくれたお守り。渡してきたとき少し照れくさそうにしていた彼のことを思い出してしまう。「不格好でごめんね」なんてはにかんでいた表情も。
「……うん、そうかも」
「絶対そうですよ! 素敵な恋人さんですね」
「こいっ!?」
「あれ? 違うんですか? 先輩、最近他校の男子と帰ってますよね?」
みんなの噂ですよ。先輩に彼氏ができたって。
きょとんと首をかしげる後輩ちゃん。と、とりあえずなにかを言わないと。「彼氏じゃない」と必死に伝える私に彼女は納得していない様子で「わかりましたぁ」なんてくちびるをとがらせた。
「でもその人が彼氏になったら絶対絶対紹介してくださいね! 後輩として先輩の彼氏にふさわしいかチェックしたいんで!」
「チェックって……」
「絶対ですからねー!」
何度も同じ言葉を繰り返し、後輩ちゃんは他の子に引きずられるように帰っていった。
部室に残ったのは私だけ。最近はずっとそうだ。わざといろいろ用事を作って一人になっている。
——というのも。
「恋人だって」
「…………」
「とっくに夫婦なのにね」
「フリ、でしょ」
「そーだっけ?」
開けっ放しの窓に学ラン姿の水戸さんが腰かけていた。にこにこと楽し気な笑みまで浮かべて。
いつの間に、なんて問いかけはここ数日でもう無駄だと知っている。
「でもあの子すげーな。霊感あるかも」
「そうなの?」
「普通の人間には見えないようにしているからさ、それ」
「特に霊感があるとか、そういうのは聞いたことないけどなぁ」
「自分から言うモンでもねーしな。そもそも本人が無自覚かも」
「なるほど」
わかる人にはわかるってことかな。……まさか後輩ちゃんもこれが神様の手作りとは思いもしないだろうけれど。
「窓、閉めるよ」
「校門で待ってんね」
「わかった」
瞬き間に水戸さんの姿が消える。言葉通り、校門で待っていてくれるはずだから心配はしない。
夜の帰り道はいつも水戸さんが迎えに来てくれる。いろいろと危ないからとのことで。
帰り道はいたって普通だ。私の歩幅に合わせてくれたり、ごく自然に通学カバンを持ってくれたり。あの日のように空を飛ぶようなことはせず、二人で並んで歩く、本当にただの帰り道。
学ラン姿だって、私の制服に合わせたんだろうなというのも、なんとなくわかっている。
そうでなくとも水戸さんやみんなと過ごす時間は楽しい。日本史には詳しいけれど世界史はそうでもないとか、難しい古典をするすると読めるのに現代文の評論は一行読んでギブアップとか。そうそう英語も苦手そうだったっけ。「これからはグローバルだよな!」とか言って、私の英語の教科書を読んで青ざめ、静かにページを閉じた野間さんと大楠さんの表情は思いだすたびに笑ってしまう。
そういえば意外と水戸さんが数字に強かったのは意外だったかも。私の勉強範囲の内容も結構わかっているみたいだし。今度教えてもらおうかな。
戸締りを確認し、鍵を用務室に返す。校門に向かえば、水戸さんが待っていた。
私に気づいて、ひらひらと手を振る様子もさまになっている。つまりかっこいいのだ、水戸さんは。
——この人は私のことが好きなんだな。
うぬぼれじゃなく、そう思う。隠さない好意に気づかぬほど私は鈍感じゃない。
背中がそわそわして胸の奥がむずむずするような。気づいたらドキドキがやまなくなる、そんな「好き」の気持ちを水戸さんからずっと向けられている。
でもそれを私は素直に受け取れない。私のことを好きなのは、彼が「そうしなくちゃ」と自分自身で思い込んでいるからじゃないだろうか。「七篠梢をお嫁さんにしなくてはいけない」と思い込んでいる気持ちが、恋へと錯覚させているんじゃないのか……そんなことをつい考えてしまう。
だからだろうか。期間限定云々をおいても、私と水戸さんの関係はいつか終わりが来るような気がしてしまって、それが私はとても——
「梢ちゃん? どした?」
「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてた」
「具合わるい? 桜木印の薬、飲んどく?」
「そんなんじゃないから秘薬をほいほい出さないで」
ほら帰ろう、と彼の手を引けば大人しいく着いてきてくれた。それ以上なにも言われないことも助かった。なんとなく心がざわついて、自分でも目をそらしたくなっていたから。
いつになく上の空になりつつも私の足はちゃんと家に向かっていたらしい。自宅の灯りが見えたので「ここでいいよ」と家を指さした。
「送ってくれてありがとう」
「どーいたしまして。……なあ、梢ちゃん」
「なに?」
「明日、部活無かったよな?」
「そうだよ。お休み」
「じゃあさ」
水戸さんの微笑みはやわらかい。街頭の灯りに照らされると余計にそれが際立って見えた。不思議と次の言葉を待つ私がいた。
「オレとデートしませんか」