※TVアニメ時で登場した「放送委員」とは別の設定です。
※バスケ部襲撃事件に遭遇した描写が若干あります。ちょうど取材中だった、そんな感じのイメージです。
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これの一連シリーズ
昼休み、生徒がにぎわう購買の少し奥。自動販売機が並ぶそこに宮城は向かっていた。ポケットにいれた小銭が歩くたびにチャラチャラとうるさく鳴る。
じゃんけんで負けたせいでパシリにされるなんて、まったくツイていない。バスケでなら負けないのに、と文句を重ねながらも、大人しく宮城は飲み物を買った。自分の分とお使いの分。どこのブランドかよくわからないパッケージの、これまた味が微妙そうなのをいやがらせに買っていこうか。たとえば、やけに薄味のミルクティーとか。なんて邪な考えが彼の頭をよぎったが我慢した。後々、絶対に面倒になることがわかっているので。
ガコンガコン、と落ちてくる缶やら紙パックを抱え、宮城が教室に帰ろうとしたその矢先。自動販売機が立ち並ぶ、少し離れた場所に知りあいの顔を見つけた。
水戸洋平だ。花道をはじめ、いつもつるんでいる連中はいない。珍しく一人で――いや違う。一人じゃない。彼の姿に隠れ、最初は気づかなかったが女子生徒が隣にいる。彼女のことも宮城は知っていた。名前は忘れてしまったが、たしか放送部の部員だったはず。バスケ部へ取材に来た一度きりしか会っていないけれど、軽く自己紹介をした覚えがある。
なんでこの二人? 接点あるのか? 変な組み合わせだな、と宮城は思わず二人を凝視してしまう。
「ん?」
そこはかとない違和感。花道とバカ騒ぎをしている、いつもの水戸とはなんだか違うような。かといって自分と初めて会ったときの不良の側面が強い彼とも違う。それがなにかわかるような、わからないような。喉の奥につかえ、出てこない。
二人は宮城の視線に気づくことなく、おしゃべりを楽しんでいるようだった。水戸が何かを言い、その度に女子生徒が笑う。口元に手をあてクスクスと笑うその姿を見つめる水戸の眼差しの温度に、ようやく違和感の答えがわかった。
「え、マジ?」
ゴトン、と抱えていた赤い缶が落ちる。炭酸飲料のそれは底をわずかにへこませた。
部活も終え、ロッカールームで汗をぬぐう花道に宮城は「あのさ」と切り出した。
「なに、リョーちん」
「水戸ってさ、あの放送部の女の子……」
「梢さんか? ああ、うん。惚れてるぜ」
「そうだよな!?」
大きな声を出した宮城にロッカールームの注目が集まる。しかし、本人たちは気づかない。
「今日、昼に水戸と梢ちゃんが話しているのを見かけてさ」
「洋平、わっかりやすいよなァ」
「水戸、わっかりやすかったァ」
片想いをしているときの特有の温度と感情のざらつき。それが水戸からわかりやすく伝わってきた。宮城自身にも覚えがあるから、余計に。ものすごく、いやというほど。
同時に梢には想いが一切伝わっていないだろうことも、なんとなく察していた。花道と水戸と自分で片想い同盟結成だな、なんて思ってみたり。水戸本人は笑顔で拒否をしてきそうだけれど。
「え? なに、水戸って好きなやついんの」
聞き耳を立てていた三井がソワソワしながら近づいてくる。面白そうな話をしているというのがわかったからだ。しかも相手は水戸である。三井にも縁のある相手だから、なおさら気になったのだろう。にやけた表情のまま二人の間に割って入ってきた。
「オレにも聞かせろい」
「ミッチーが気にする話じゃねーよ。だって珍しく洋平がベタ惚れしてるぐらいしか、おもしれーとこなんて無いし」
「水戸が!」
「ベタ惚れ!」
ギャーッ! と声をそろえて騒ぐ宮城と三井に赤木の怒鳴り声が響く。しかし二人には効かなかった。赤木のゲンコツよりも、この話題のほうが大事である。あの水戸洋平という男が片想いをしているだけで面白いというのに、それに加え相手にベタ惚れときたのだ。最高のネタであるとしか言えなかった。もちろん、かわいいかわいい後輩の水戸洋平をイジるための。
逆に花道はいまいち二人の盛り上がりがわからなかった。水戸は昔から比較的モテるほうだし、恋人がいたときもある。自分たちの仲間内では一番交際経験があるほうだ。認めたくはないが、花道もその光景に慣れてしまっていた。
ただ、水戸から好きになることが珍しいのも事実。しかも今までになくかなり慎重に行動して、アピールしている。相手があの見るからに恋愛経験の無さそうな梢だから、そうならざるを得ないところもあるのだろう。
本気になればなるほど、フラれたときに反動で落ち込むんだよなぁ、洋平って。花道の中ではすでに水戸がフラれることが決定していた。なにしろ自分がそればかり。アイツだってフラれるに違いない。いままでの彼は相手から告白されていたが、今回ばかりは勝手が違う。きっと撃沈する。
どうやって水戸を慰めるかは、本人を除いた最近の桜木軍団のホットワードでもあった。やっぱりファミレスで失恋パーティーが無難だろうと結論も出始めている。
「放送部の梢さん? 一年生? しらねーな」
「そりゃ三井サンは会ってねーもん。ほとんど入れ違いだよ、アンタと。あ、でもこの前の喧嘩のときにはいたかな」
「え、マジか。そりゃ悪いことしたな……」
件の襲撃事件。そこに知らない顔があったような、無かったような。彩子はともかく、あのとき三井はあまり女子生徒の有無は認識していなかった。
しかし、おそらく怖がらせてしまっただろうことは想像に容易い。ついでに謝っておくか、ともらした三井に「ちょっと待ってくれ」と突っ込んだのは話を ずっと聞いていた――もとい、聞かされていた木暮だった。ほとんどの部員は呆れて(もしくは巻き込まれたくなくて)帰ってしまったが、鍵を持った木暮だけは三人が部室から出ていかないと帰れないのだ。だから仕方なしにそこにいた。
「ついでに、って、どういう意味だ?」
「そりゃあ、なあ」
三井が宮城の顔を見る。
「まあ、そうっすね」
宮城が花道の顔を見る。
「ふぬ?」
花道は話についていかれずに首を傾げる。
彼らの様子を見て、木暮は深いため息を吐いた。「ほどほどにしておくんだぞ」の言葉は届いていないとわかりながらも、言わずにはいられなかった。
「なあなあ、水戸クン?」
「オレたち、聞いたぜ?」
眠気が取れず、ぼんやりと登校していた水戸の肩に腕が回る。しかも両側から。わずかな衝撃の後に聞こえてきたのは知った声。なんでオレが絡まれてんだ、とぼやきたくなるのを飲み込んで水戸は振り返った。
「花道はいないよ。三井さん、宮城さん」
「んなもん、見りゃわかる。つか、桜木とはさっきまで一緒に朝練してたっての」
「用事があるのは、お前だよ。お前」
「オレ?」
バスケ部の二人がわざわざ自分になんの用事だろうか。まったく心当たりがない。強いていうなら――
「ああ、この前の喧嘩のこと?」
「きゅ、急に刺してくるなよな……」
「や、あれは完全に三井さんが悪いし。甘んじて受けてもらわないと」
「水戸のいうとおり、あれは三井サンが悪い」
「おい、オマエはどっちの味方だ!?」
標的が宮城に移ったところで、これ幸いと水戸はその腕から抜け出した。「ギブギブ! 水戸たすけてくれ!」と声が飛んでくるが無視をして、昇降口に向かう。朝から先輩にウザ絡みされるなんて。ツイていない日だな、と舌打ちをしかけた水戸の視界に梢の姿が入る。
途端に気分があがるものだから我ながら現金な性格だ、と水戸は自嘲しながらも、さきほど乱された制服と髪を綺麗に整え、梢に話しかけた。ごく自然に、さも「いま見つけました」「軽く話しかけました」と言わんばかりに。
「おはよ」
「水戸くん、おはよう」
「今日ちょっと遅い?」
「朝の放送当番じゃないときはいつもこの時間だよ」
「ヘェ、そうなんだ」
いいことを聞いた。彼女の放送当番は水曜日。それ以外はこの時間に登校すれば、こうして会えるのか。
「水戸くんこそ、今日は早いんじゃない?」
「オレはたまたま」
でも明日からはこれが普通になる。朝、こうして梢と話すことができるほうが水戸にとっては睡眠時間よりも重要だからだ。
「おい、水戸! 話はまだ終わってねーぞ!」
バタバタと足音が聞こえ、三井の声が追いかけてくる。
思わず水戸は自身の身体で梢を隠そうとした。彼が更生し、バスケ部の一員として迎え入れられ、すさまじい活躍をしていることを梢も知っている。けれども彼女の中ではこの前の喧嘩っ早く、血生臭い不良である三井のイメージの方が強い……そう水戸は考えていたからだった。
しかしわずかにそれは間に合わず。身長の高い三井は水戸の頭上からばっちりと梢を見つけ、梢も三井と目があってしまっていた。「うわ、マジか」と追いついた宮城が呟く。三井の動きがあからさまにぎこちなくなったからだ。
バスケ部とは関係なく、自身の事情に巻き込んだ相手との対峙。急なそれをさすがの三井も予想できていなかったのだろう。借りてきた猫のように固まる三井、いまさら彼から梢を引き離すわけにもいかなくなった水戸、成り行きを見守ることにした宮城。そして梢は――
「えっと、三井先輩ですよね?」
「お、おう」
「おはようございます」
「エッ!? お、オハヨウゴザイマス」
「宮城先輩もおはようございます」
「おはよ」
それぞれに丁寧にお辞儀をすると梢は水戸に「じゃあ教室行くね」と手を振り、去っていく。残されたのは男三人だけ。
え、いい子だな、あの子。そんなことを真っ先に三井は思った。自分が現れてびっくりしていた。同じようにちょっと固まっていた。多分恐怖で。でもすぐに切り替えて、挨拶までしてきた。肝が据わっているというか、なんというか。存外、ふわふわな女の子ではないのかも、なんて。
三井の中で梢の好感度があがっていく、そんなとき――
「……ミッチーさ」
水戸がゆっくりと口を開いた。その表情はにっこりと笑みを浮かべている。恐ろしいほどに満面の笑みだ。
「な、なんだよ」
「花道から聞いたんだよな?」
なにを、とは言わない。三井の代わりに宮城が肯定を返した。
「そういうことだからさ。よろしく頼むよ、ミッチー。オレ、もうアンタと喧嘩したくないし」
宮城さんもよろしく、と言い残し、水戸は一年の下駄箱のほうに向かっていく。その後ろ姿に思わず二人は顔を見合わせた。
「なんかよぉ」
「ウン」
「アイツも最近まで中坊だったんだなぁって思ったわ……」
「ちょっと安心したよね。あんなにわかりやすいとさ」
普段の水戸ならば。自分の感情なんておくびにも出さないだろう。特に恋愛感情なんて。それが揺らぐほどに。水戸は梢が好きなのだ。結局、水戸も思春期の男の子。
それはそれとして。マジになる水戸はやっぱり怖い、と二人は再認識する。主に三井の主張で。
目的も果たしたし、いい加減チャイムも鳴ってしまう時間だ。だらだらと歩きながら、それぞれの教室へ向かう。
「……梢さんに謝りそこねたな」
静かな廊下に響いた三井の呟きを、あえて宮城は拾わなかった。