※レジェウス主人公としてショウが登場します。
これの一連シリーズ

「チクマ、ちゃんと寝てんのか」

私の顔を見て開口一番、セキさんはそう言った。不機嫌そうに片眉をあげ、挨拶も無く。スパンと彼らしい簡潔な言葉を一つ投げて、私の返答を待っている。
ええと、と返事をまごついていると、セキさんは待っていられなくなったのだろう。ぐいと身を乗り出して、さらに私との距離を詰めてきた。ふわりとやわからな草のかおりが流れてくる。

「寝てんのかって訊いてんだぜ、オレは」

じとりとした眼差しが向けられる。なんだか居心地が悪くなって、つい顔を背けてしまう。なんだか犯人になった気分。

「ね、寝てます」
「へぇ、そうかい」

私の答えはお気に召さなかったらしい。ちらりと彼を見ると、その表情は曇ったままだった。信じて、もとい騙されてはくれないらしい。
それほど私の顔色は芳しくないのだろうな。いくらセキさんが聡い人だとしても、久しぶりに会っての開口一番がこんな言葉と表情になるはずがない。彼はいつもおひさまみたいな笑顔を向けてくれる人だから。
つまり、私自身にも心当たりがあるのだ。セキさんの言葉に。

最近、コトブキムラ付近――というか、ヒスイ地方全体は長雨に見舞われていた。
しとしとと降る雨が何日も続き、ろくに洗濯も干せない。「乾燥機……せめてコインランドリー……」と何度呟いたかはわからない。あと、湿気が充満するのも困る。ただでさえ長屋は木造家屋なのだ。カビや腐食に特に注意を払わないといけないというのに、この長雨ではそうも言っていられない。
いくらギンガ団が優秀だとしても、そう簡単に家建て直しは難しい。

日々の仕事と、たまっていく家事。そして残された衣服の中でのやりくり。たまに雨が降らないときがあっても、曇り空で湿気が充満しているから洗濯して干せるのはごくわずか。そもそも乾かないことも多い。
加えて、雨漏りした長屋の修理に駆り出されたり。私だけじゃなく、コトブキムラ全体にフラストレーションがたまっていたように思う。夜中に起きてしまったり、寝つきが悪く鳴ったり、寝てもなんとなく疲れがない。そんな毎日が続いていた。

そしてやっと昨日、待ち望んでいた青空とおひさまが厚い雲も跳ね除け、顔を出した。
とはいえ、またいつ雨が来るかわからない状況。私は大急ぎで妹のショウと共に洗濯板をあるだけ駆使して洗濯にとりかかり、残った家事に端から片づけた。

けれどそれで終わりじゃないのだ。外で遊べなかったポケモンたちの世話もある。人間だけではなく、ポケモンたち――特にほのおタイプやじめんタイプのポケモンたちはずっとボールの中だったから、外に出してあげないといけない。

だからもう、昨日は一息つく間なんて無かった。

元いた現代と比べてしまうのはいけないことだけれど、どうしても現代っ子の私としてはヒスイ地方の暮らしは不便に感じることも多い。冷蔵庫、洗濯機、掃除機、エトセトラ。かがくのちからってすごい。常々そう思う。そういったことも疲労につながっていたんだろう。

全部終わったのが、今日の昼過ぎごろ。心地のいい疲労感なんて、とてもじゃないが言えない。心配事が拭えた安堵感とタイムリミットの中で走り回った焦燥感。さまざまなものが混ざり、いまにも倒れてしまいたいほど。でもそんなことも言っていられない。やることはまだまだ山積み。

ギンガ団に緊急招集されたショウを見送って、私はさらにもう一仕事。ようやく終えたのがついさっき。さすがにくらりとした眩暈のようなものを感じて、休憩しなければ、と思っていた矢先にセキさんが尋ねてきたのだ。

そして開口一番に云われたのがあれ。「ちゃんと寝てんのか」の一言。
本当の答えとしては「寝れていません」だけれど、ちょっとこれは素直に言えない。

「ま、だいたい検討はつくけどよ。こっちも長雨がひどかったからな」
「やっぱり、そうだったんですね」

最近コトブキムラでセキさんの姿を見ていなかったのはやはり雨のせいだ。長としてコンゴウ団から離れられなかったのだろう。

「件の豪雨とは違ったモンだから、調子が狂って仕方ねぇ。ったく、雨季にはまだ早いってのに」

ガシガシと頭を掻くセキさんはコンゴウ団の長らしい面持ちで、目を伏せる。
今日こちらに来たのも、長雨が理由だという。川の水量が増えたこともあり、これ以上雨が続くとなれば氾濫のおそれがある。そのことを話し合うためにギンガ団を訪れたらしい。なるほど、合点がいった。ずっと待機命令が出されていたショウが急に呼び出されたのは、このことだったのだろう。

「そんで、だ」

太い指で顎を捕まれる。強制的にセキさんと対面することになった。
彼の顔が近づいてくる。

「セキさん!」
「騒ぐなって。熱は無さそうだな?」
「今日はちょっとはりきりすぎて、疲れちゃっただけです!」
「残り、やることは? 手伝うぜ」

セキさんにそんなことはさせられない。慌てて「もう終わりましたから!」と叫ぶ。しかし向けられるのはじとりと疑いの眼差しのみ。信用ないんですか!? と叫べば「応。こればかりはな」と一掃されてしまう。

「オレだって心苦しいってもんよ。惚れた女の言葉を疑うのはな」
「ま、またそんなことを言う……!」
「本当はどうなんだ?」
「……ちゃんと終わってます。ちょうど一息つこうかなって思っていたところで」

私としても自ら進んで倒れたいわけではない。休息の重要さも知っている。
……でもセキさんがここにいるということは、会議も終わったということにもなる。つまり、そろそろショウも帰ってくるかもしれない。もしこのままショウが任務に行くのならその準備をしないといけないわけで――

「わかった」

視界が変わり、変な浮遊感が襲ってくる。現状を理解する前に「邪魔するぜ」なんて声が遠くから聞こえた。

「わぁ!?」
「おっと、暴れんなよ。落とすつもりはねぇが、危ないことには変わらないからな」

なら、この状況をどうにかしてほしいんですけども!
セキさんは私を担ぎ、ぐんぐんと部屋の奥へ進んでいく。片手で器用に押し入れから布団を出すと、畳の上へ放った。ようやく下ろされたのはその布団の上。

「毛布はこれか?」
「あ、はい……じゃなくてですね!?」

続いて枕も引っ張り出したとなれば、彼が何をしようとしているかがさすがにわかる。

「まだ寝られませんよ!」
「いいじゃねェか。昼寝ぐらい」
「ショウが帰ってきちゃう」
「カイに捕まっていたぜ。しばらくは来れねぇな、ありゃ」

諦めろ諦めろ、と彼は私の肩をトンと押して布団に寝ころばせると、ばさりと毛布をかけてくる。
それでもなお起きあがろうとした途端に、セキさんが布団の傍らにどかりと座った。その勢いに圧されてしまう。じっと見つめてくる視線に思わず息をのんだ。細くなるそれに微かな呼吸が合わさると、セキさんの色気が増すようだった。
よし、と小さな声が聞こえて気がして――彼は布団の中に入ってきた。

「え、ええ!? なにしているんですか!?」
「取って食いはしねぇよ。…………まだ」
「まだ!?」

狭い布団の中、もぞりと動いたセキさんは「よし」なんて呟いたあと、私を抱き寄せた。服越しにじんわりと体温が伝わってくる。
セキさんと密着している事実にうるさいぐらいに心臓が鳴りはじめた。異性、しかもセキさんをこんなに近くに感じて、どうにかなってしまうんじゃないだろうか。今までも、この人に抱きしめられたりしたことはあった。でも「布団の中」という限られたスペースの中だと彼の存在感が一際近くに感じてしまい、今までの比じゃないぐらいセキさんを近くに感じる。

「体温」
「へっ!?」
「人の体温があったほうがよく眠れンだろ? 冷たい布団よりかは、こっちのほうが気持ちいいだろうしな」

――絶対に手は出さん。
真剣な表情だった。眼差しに力がこもっていて、その言葉が嘘ではないと物語っている。
でも確かに、セキさんの言うことにも一理ある。子供のころ、お母さんのベッドにもぐりこんで一緒に寝るのが私は好きだった。お母さん≠ニいう存在が大きいのもあるのだろうけれど、誰かの体温はそれだけで安心感を覚えるから。

優しくて、熱い。ぬくもりが私を包む。

「頑張りすぎんなよ。オレもショウもいるんだからな。無理なんかする必要はねぇんだ」
「……はい」
「頼れ。オレを。おめぇのためなら、いつだって駆けつける」

寝かけた頭にセキさんの声が響く。甘い、穏やかな声。
――好きだな、と思う。セキさんの声、とても好き。私はまた少し、彼に近づいた。




胸元に擦り寄ってくるチクマは、次第に静かな寝息をたてはじめた。
そうするように仕向けたのは自身だが、なんとも言えない複雑さを抱えるのも確か。疲労がたまって寝入りやすくなっているとはいえ、こうもすぐに寝てしまうとは。オレは男と見られていないんじゃないだろうか、とセキはついごちる。

川の氾濫についての話し合いを終えたセキに声をかけたのはショウだった。

「チクマを休ませてほしい?」
「お姉ちゃん、昨日からずっと気を急いていて」

ああ、と納得する。コンゴウ団の集落でも、昨日から続く束の間の晴れ間を無駄にするかと、全員がバタバタと働いている。セキでさえ駆り出されていた。

「一段落したし休んでほしいんです。でも全然で」
「まあ、そこがチクマのいいところでもあるよな」
「そうなんです! お姉ちゃんはがんばり屋で、一生懸命で、そこが素敵でかっこよくて、かわいくて……!」

つらつらと姉の魅力を語るショウは途中でハッと我に返った。
そうじゃなくて、と首を振り、セキに言う。

「あたしが残りの家事をしている間、お姉ちゃんを引き留めてくれませんか?」
「オレが?」

いいのか、とは訊かなかった。惚れている相手と二人きりになれるチャンスをセキは逃すつもりがなかったからだ。ほんの少し、欲望が顔を出す。

「一番適任だと思ったんです。ひじょーに不本意ですけど、お姉ちゃんもセキさん相手なら気が緩むだろうし」

なんとかしてセキがチクマを引き留め、可能であれば休ませる。
その間にショウが残りの家事を終わらせるとのこと。ポケモンたちの力を借りれば、残りの家事はいくらでもなんとかなると、彼女は話す。

「なので、お願いします!」
「応、わかった。任された」
「あ、でも、あくまで引き留めるだけですからね! それ以上は、このあたしが許しませんよ!」
「……いい加減、チクマとの逢引きぐらいさせてくれねぇか? このセキが、こんなに我慢をしているなんて稀だぜ?」
「あたしに腕試しに勝ってからなら、いくらでも。お姉ちゃんを任せる人は絶対絶対絶対、あたしより強くないとだめですから!」

けれどもまだセキはショウに勝てていなかった。あと少しで勝てるはずなのに何が足りないのか、と思うのはセキばかりだった。
ともあれ、そういったショウとの密談がありセキはここに来たのだ。様子を見る限りチクマはだいぶ深く眠っているようで、しばらく起きる気配は無さそうだ。

手を出さないと決めた。約束したし、誓った。
でも同時に惚れた女が寝息をたて、腕の中にいることは生殺しでもあって——

「惚れたら負けってのはよく言ったもんだな……」

ショウにも勝てないし、チクマにも負ける。
この姉妹たちに、これからも自分は悉くやられっぱなしだ。今までも、これからも。
そんな予感しながらも、セキはくありと大きくあくびをし、チクマと共に眠るため静かに瞼を閉じた。チクマをさらに抱き寄せ、額にくちづけを落としそうになるのを我慢しながら。



腕の中!
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