※レジェウス主人公としてショウが登場します。(名前だけ)
これこれの続き

すべてのポケモンを放牧場で遊ばせてあげることができるのが理想だけれど、実際のところそれはとても難しい。
そもそも敷地面積が限られているし、なによりすべてポケモンを放牧場に出しっぱなしにしていると、ムラのみんなが怖がってしまう。子供たちは無邪気に柵越しから手を振ってくれるけれど。いくら緩和されたといえ、年齢と経験を重ねた大人たちにとってポケモンは恐怖の対象。その根深さがうかがえる。

なのでポケモンたちはローテーションで表に出すことにしている。普段はボールの中にいてもらって、気候や時間帯に合わせてポケモンを選ぶ。雨の日には水ポケモン、夜にはゴーストポケモンといった具合に。いまのところうまく回っていると、我ながら自負している。
懸念事項であったオヤブンポケモンも気性こそ荒いけど、その分とても面倒見がいい。他にも私に慣れてくれたポケモンたちがいつもお手伝いしてくれていた。
——だから今日もまた、私は放牧場で頑張れる。

「ああ、ほら! あなたはもう食べたでしょ!」

くいしんぼうなゴンベがナエトルの朝ご飯を横取りしてしまうのを、なんとか阻止する。その横で寝ぼけて喧嘩をするコリンクたちを慌ててなだめ、いつの間にか泥だらけになっていたフカマルの身体を洗っていたら、すぐにお昼で。そうしたらまたお昼ご飯のドタバタがやってくる。

世話好きのハピナスやラッキーに手伝ってもらいつつ、なんとか嵐のようなランチタイムを終えることができた。気が緩んだのか、途端に私のお腹の虫が空腹を訴えてくる。用意していたおにぎりを頬張って、やっと一息つくことができた。とはいえ、片手はイーブイの遊び相手になったまま。

今日は比較的幼めのポケモンを中心に表に出しているから、とにかく忙しない。これが進化後だと、まだ落ち着いていられるのだけれど。
さすがにちょっと考えなおさなくちゃなぁ……。いつも決まった組み合わせだと仲良くなるポケモンが限られてしまうから、なんて思って試しローテーションを変えてみた。でも、これは失敗だったかもしれない。
ハピナスたちにも、いらない負担をかけてしまった。本当に申し訳ない。

残ったおにぎりを呑み込んで、竹筒に入った水を飲む。ご飯を食べれば、なんだかんだやる気は満ちるもの。エネルギーってすごい。さあ、休憩も終わり。本格的にイーブイをかまってあげよう!

「って、あれ? イーブイ?」

気づけばイーブイはとことこと、私の元から離れてしまった。せ、せっかく気合をいれたのに……。ふわふわ揺れるしっぽが離れていくにつれ、寂しさが募っていく。なんだろう、この気持ち。告白もしていないのにフラれたような気持ちになってしまった。

かといって、イーブイが遊ぶ気がないというのに追いかけるわけにもいかない。じゃあ他に遊んでほしそうな子はいるかな、と周囲を見渡した。しかし、どの子も遊び相手には事欠かないようで。さらに寂しい気持ちに追い打ちがかかっていく。たまにポケモンってすごくドライだ。ヒスイ地方のポケモンたちは強かだから、余計に。

……って、あれ? あの子ってもしかして。
目に入った普段は見かけない、草色の姿に近づいていく。やっぱりそうだ。間違いない。
優しいハーブのような香りを纏うその子は私に気づいて、軽やかな声を響かせた。ひらりひらり、しっぽがゆれる。

「また入ってきちゃったの? セキさんはムベさんのところかな?」

肯定を示すかのようにリーフィアは鳴いた。
セキさんがイモヅル亭、もといムベさんにお料理とポケモンバトルについて弟子入りしたと妹のショウに聞いたのは、最近のこと。バトルはともかく、お料理教室はリーフィアにとって退屈らしい。早々にイモヅル亭を抜け出して、放牧場へ遊びに来るようになったのだ。柵を器用にすり抜けて、中へ入り込んでくる姿には思わず拍手をしてしまったほど。

そういえばリーフィアが私に構ってくれるようになったのは、バリヤードのあれそれからセキさんに助けてもらったときからだっけ。あの日もセキさんはイモヅル亭へ行くところだったはず。時間になっても来ないからと探しにきたムベさんの声に、ようやく彼から離れることができたのを思いだす。途端に頬に熱が宿りはじめる私をリーフィアは丸い瞳で怪訝そうに見つめていた。その視線に居た堪れなくなって、こほんと取り繕うように咳ばらいを一つ。

「どうする? 今日も遊んでく?」

リーフィアはいつも放牧場のポケモンたちと遊んで、満足したらセキさんのところへ帰っていく。だから、そのつもりで声をかけた。しかし今日のリーフィアは違うらしい。わちゃわちゃしているポケモンたちの方を一瞥したかと思うと、私の足へ擦り寄ってきた。もしかしてさっきのイーブイとのやりとりを見られていたのかもしれない。となると、この行動はまさか私を慰めてくれている……?

きゅーん! こうかはばつぐんだ!
ただでさえリーフィアはかわいいのに、さらにかわいい行動をされたら誰だってときめいてしまう。リーフィアはまた鳴いて「はやくかまえ」と言わんばかりだ。はい、もちろん! 喜んで!

しゃがみ込んで、リーフィアに目線を合わせる。するとリーフィアは私の腕の中に飛び込んできた。受け止めきれなくて尻もちをついてしまったけれど、感じる体温と重みに愛おしさは増すばかり。

ふわりと漂うハーブの香り。しなやかな身体。ぎゅうと抱きしめるとリーフィアは擦り寄ってきて、私の頬をぺろりと舐めた。ファンサービスもお手の物。リーフィアってメロメロ♀oえたっけ? なんて考えてしまうぐらい私はもうこの子にメロメロ≠セ。さっきまで落ち込んでいた気持ちも、なんなら疲れだって吹っ飛んでしまった。これがポケモンセラピーというやつかも。

「いつでも遊びにおいでね! なんなら明日もおいで!」
「明日と言わず、オレとあんたが一緒になったら、いつでもこいつと遊べるんだぜ?」

当たり前だが返事はリーフィアの鳴き声のソレじゃなくて。
私を見下ろすセキさんと目が合う。柵にもたれかかり、愉しげに目を細める彼はにやりと笑った。すぐさま私の腕の中からリーフィアが飛び出て、セキさんの服の裾を食んで引っ張る。そんな相棒をいなしながらも、セキさんは私に尋ねてきた。

「手、貸すか?」

いまだに座り込んだままの私に気を遣っての言葉であることはわかっている。でもなんだか、その腕を変に意識してしまって「大丈夫です」なんてかわいげのない答え方をしてしまった。それでもセキさんは気にしないようだ。立ち上がった私越しにセキさんは放牧場の様子にも気づいたのか、「今日はちまっこいポケモンが多いんだな」と呟くだけ。

「ええ。今日はちょっと組み合わせを変えてみて」
「大変だっただろ」
「……実はすっごく」
「はは! 今度、うちのチビたちを連れてくるぜ。あいつらも元気が有り余っているからな。ポケモンたちのいい遊び相手になるだろうさ」

なるほど。たしかにそれは名案かも。
というか、そっか。コトブキムラでも子供たちに遊んでもらえばいいんだ。大人しいポケモンの相手をしてもらうだけで、だいぶ変わるかもしれない。子供たちもポケモンに興味を持っているからちょうどいいかも。シマボシ隊長やデンボク団長に相談してみようかな。

「そんで。今のオレの相手はチクマってことになるか?」

考え込んでいた私の耳にそっと吹き込まれた低い声。吐息と共にふれた音に、飛び上がる。一歩、その場から離れれば「つれねぇなァ。落ち込むぜ」と彼は肩を竦めた。でも、落ち込んでいる様子には見えないのですけれど!

「む、ムベさんのお料理教室は終わったんですか?」
「応。もうちっと上達したら、そのうちチクマにも食べさせてやるよ」

急な話題の方向転換は苦しいと重々承知。この空気から逃れるにはこんな話題しかなくて。でもセキさんは話にのってきてくれた。きっと私の胸中なんてお見通しなのだろう。なんとなく、くすぐったい気持ちがわきあがる。こういった優しさにふれるたび、私はむずむずしてしまうのだ。

「しっかし、ムベさんはしごきがきついぜ」

はあ、と大きく息を吐き、うなだれるセキさん。――これはそうとう、参っている様子。
ちょっと意外、かも。セキさんはなんでも豪快にこなす人にように見えていたから。決して手先だって不器用ではないし、要領もいいから、お料理のコツだってすぐにつかみそうなものなのに。

「なんだよ、そのカオ」
「セキさんにも苦手なこと、あるんだなぁって」
「……そりゃあ、まあ。人並にはな」

そっぽを向いてふてくされた表情を浮かべるセキさん。柵にもたれかかったまま脱力する姿も、ちょっと拗ねたような表情も珍しい。けれど、同時になんだかすごくかわいくも思えてしまって、きゅんと心が鳴る。
セキさん、かわいいなぁ——

「チクマ?」

はたと気づいた時にはもう遅い。目の前にあった彼の頭を私は撫でてしまっていた。リーフィアと似た色の髪に、私の手は埋もれている。思ったよりやわらかい、なんて伝わる感触にときめいた矢先、名を呼ばれて正気に戻る。

「あっ、いや、その、これは!」

普段遠くにあるものが近くにあって、しかも私の目線より下にあったから気になって! 
あと、リーフィアと間違えて、つい! 
なんて言い訳が口から飛び出る前に、私のひっこめた手をセキさんが掴んだ。ひゅっと喉が鳴る。

「くれよ」
「え」
「もっと撫でてくれ。チクマの手は、心地いい」

指が、再び髪にふれる。自分で引き寄せた私の手に、セキさんは擦り寄った。
――恐る恐る、私はまた頭を撫でる。大きな頭を二度、三度。結ってある紐に引っ掛からないよう、慎重に。うるさく響く心臓の音の中、ぽつりとつぶやいたセキさんの声が届く。

「早く強くなって、認めてもらわねぇとなァ」

返事をするように足元のリーフィアが鳴いた。
いつだかに妹が放った言葉を、この人が律義に守っていることを私は知っている。
掠れた声さえも出せない私に気づいたセキさんは喉奥で笑った。

「いいんだぜ。いますぐにオレに惚れてもな」



遠慮なさらず!
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