「うわ、また見てる!」
 
ホップはリモコン片手にテレビにかぶりつく恋人へ向かって叫んだ。

「もうやめてくれ! 恥ずかしい!」
「あっ」
 
アイスティーの入ったグラスを慌てて床へ置いて、彼女が手にしていたリモコンを取り上げる。ホップが間髪いれずに電源を落とすと、ラリニはすぐさま不満を口にした。立ち上がり、彼の手からリモコンを奪い取ろうとするが、ホップが手を挙げて上へ持って行けば、どんなに飛び上がってもそれに触れることは出来ない。跳ねる彼女はヒバニーのようでかわいらしいが、こればかりはホップも譲れなかった。

「何度見たら気がすむんだぞ」
「ホップがバトルしているところ、あんまり見ないし」
「だからってジムチャレンジ時代のは見ないでくれよ。恥ずかしい」
「じゃあこの前のエキシビションマッチならいい?」
「それなら……妥協……」
 
じゃあそっちにする、とラリニが甘えてきたので、しぶしぶとホップはリモコンを渡した。結局、折れるのはいつも自分だ。「先に惚れたほうが負けだぜ」とキバナが言っていたことが今更ながら身にしみる。

ラリニは彼の家へ来る度にバトルビデオを見たがった。一番盛り上がるファイナルトーナメント以外のアーカイブはジムチャレンジ参加者と本人しか閲覧できない。だからなのか、昔の――しかも子供のころのものを――よく見たがっていた。曰く「かわいいころのホップを見たい」とのことだがホップ本人としては複雑だ。
今日だって、来てからずっと昔の自分ばかりを見ている。今、目の前にいるのもオレ≠ネのに。なにより自身の過去ばかりを見られるのは不公平だ。恋人同士、公平にしなければいけないと思う。

「オレもラリニのアルバム、今度見せてもらおうかな」
 
幸運なことにラリニの母親はホップのことをとても気に入っている。頼めば恋人が必死に隠しているアルバムの一つや二つ、すぐに見せてもらえるだろう。そのことを知っているラリニはぎょっとして「だ、だめ!」と慌てて否定した。

「なんで?」
「恥ずかしい!」
「オレだってそうだぞ」
「で、でも子供の頃のホップは私も知っているし」
「だからだよ」
 
自分だって知りたい。ラリニのことを。自分と出会っていない時間の彼女を、ちゃんと見たい。知りたい。時を遡ることなんて、セレビィがいなければ難しいのだから。せめて写真という残されるもので確かめたい。

「ラリニのことは、全部知りたいんだ。ちゃんと」
「……一冊だけだよ」
「それはわからないぞ。もっと見たくなるかもしれないし!」
 
ニヤリと笑うホップ。そして、ぎゅうと目の前の彼女を抱きしめた。

「どんなラリニだって好きだ。でも、一番かわいくて好きなのは目の前にいるから安心してくれ」
 
甘い囁きにラリニが上ずった声を出す。背中に回る腕の力強さ。身を潰す厚い胸板。香る彼自身の匂いにくらくらと頭が揺れる。極めつけに頭のてっぺんにキスを落とされれば、言葉も思考も溶けていった。

「ほ、ホップ……」
「だから、子供のオレだけじゃなくて、今のオレを見てくれよ。大人で、男になった、恋人のオレをさ」
 
ホップの人差し指がラリニの頬をなぞる。顎に到達すると親指を添え、上を向かせてきた。彼女は抵抗することなく、恋人の誘いに身を委ねた。何を求められているかはとっくに理解している。それを受け入れたいという自身の気持ちにも。

「していい?」
 
なにを、とは問われない。お互いは同じことを求めている。
ラリニがこくんと小さく頷いたのを確認したのを見て、ホップがやわらかい彼女のくちびるを味わおうと顔を近づけた。
吐息が触れる。くちびるの先が、わずか重なりかけ――

「…………」
「……ほ、ホップ、電話鳴ってるよ?」
 
スマホロトムが懐から飛び出してきた。
着信を健気に、そしてやかましく伝えるスマホロトムは二人の周囲をぐるぐると回っている。まさに音を立ててムードが崩れいくのを感じながら、ホップは抱きしめていたラリニを離し、スマホロトムの画面をタップした。

『ホップか!? すまない。家へ戻ろうとしたら迷ってしまったんだ! 迎えにきてくれないか!?』
「……リザードンは?」
『今日は定期検診の日で終日ポケモンセンターだ。だから、母さんに部屋の掃除をしろと言われていたのを思い出して――』
「わかった。迎えに行くから動かず、GPSの位置情報だけ送ってほしいぞ」
『オーケー! 頼んだぜ!』
 
電話の相手が誰かなんて確認しなくてもわかる。嵐のような勢いで会話は終わり、通話が切れた。ホップは苦笑しつつ「アニキを迎えに言ってくる」と頬を掻いた。

「私も行っていい?」
「いいけど、ここで待っていてもいいんだぞ?」
「ううん、一緒に行きたいの。少しでもホップといたいから」
「そっか……。じゃあ二人で迎えに行こう!」
 
戸締まりを確認し、スマホロトムに送られてきた座標を元に向かう。兄はそんなに遠くにはいないようで、ホップはほっと胸を撫で下ろした。二人は当たり前のように手を繋ぎ、歩き出す。
ふと、頭を過ぎった言葉をそっくりそのままラリニは口にした。

「ダンデさんって、本当に方向音痴なんだね。びっくりしちゃった」
 
有名人故に当たり前に知っているパーソナルな情報だが、改めて目にするとでは受ける印象が異なる。少しびっくりした、と続ければ、ホップが肩を震わせながら笑った。

「今日はまだいい方なんだ。この前はもっとすごかった」
「ええ、そうなんだ」
「ああ。だから早めに慣れてほしいんだぞ。――いつか家族になるんだから、ラリニにも迎えにいってもらうかもしれないし!」
 
さらりと告げられた言葉の意味をラリニが咀嚼する前に、いつものお日様みたいな笑顔と共にホップは言った。

「家族になっても、二人で迎えに行くのもいいかもな! こうして二人で手を繋いで歩くの、オレは好きだぞ!」
「わ、私も好き!」
 
繋がれた手は体温が溶け合い、混じり合う。
いつか、本当に彼の言うとおり家族≠ノなれますように。青い空へ、ラリニはひっそりと祈りを捧げる。――いや、祈らなくても大丈夫だろう。ホップが隣にいるのだから。彼となら、なんだって叶えられる。

そうラリニは確信しながら、ホップと共に広いハロンの地で手を繋ぎ、歩くのだった。


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