仄暗い部屋だ。寝るためだけにあるかの様な狭い部屋はセミダブルサイズのベッドが室内の大半を占拠し、後は小さな冷蔵庫がひっそりと隅にあるという必要最低限な備えだった。
ベッドの上では男女の情事が繰り広げられていた。絡み合う手足、肌と呼吸、粘膜、匂い。どれをとっても官能的だった。ただ、同時にあまりにも暴力的でもあった。男に組み敷かれ、まだ年端もいかないようなーー少女とも呼べる子は一方的に蹂躙されている。男からの欲望、情欲を一身に受けている。副産物的に受ける快楽と律動に細腰を躍らせ、喘ぎ声をもらしていた。時間感覚はとうに失せ、思考は既に粘っこく溶けた。

「こっち向け」

低く唸るようにダン・スミスは言う。横を向いていたメアリーの顎を掴み、形のいい唇を少女のそれと重ねる。舌を乱暴に差し込むと相手の意志など関係なしに口内を跳梁させた。ダンにとってキスなぞ愛情表現ではなく、興奮剤の1つでしかないとメアリーは理解していた。
口腔がどちらのものともつかない唾液で溢れかえり、端から漏れ出始めた頃。メアリーは呼吸が苦しくなりやっと動く腕でダンの胸板を押した。思いの外すんなりと離れた。名残惜しむかのように唾液の糸が作られる。見下ろす瞳がそろそろ限界が近い事を物語っていた。ダンはメアリーの両足を肩に乗せ密着させるとより奥深くまで捻りこませた。強まった圧迫感に体の中心がじくじくと疼く。眼下にいる少女の細腰を両手で掴むと一層抽挿を早めた。ベッドに縫い付けんばかりの動きに嬌声が上がる。揺れる視界が次第に白くチカチカとなり始めた。またアレが来る。咄嗟に怖くなって身を捩り、全身を使い逃げようとするもダンの腕がそれを許さなかった。

「ーーー!!」

一際奥を抉られ声もなく体を痙攣させる。息が詰まりそうになる。これが何度目かなど考える余裕もなくひたすらに強すぎる甘美な快楽を享受していた。ほぼ同時にダンも達したようでメアリーの胎内に白濁をぶちまけていた。煮えたぎるマグマのようなそれを受け、少女は更に体を震わせる。幾度となく注ぎ込まれ許容量などとっくに超えていた蜜穴からは液が逆流していた。メアリーの愛液と混ざりあったいやらしい液体は溢れ出してシーツを妖しく濡らしていた。
互いの深く長い息だけがしばらく部屋に響く。さっきまで散々嬲っていたモノを引き抜かれ掻き出されるようにこぼれ落ちた。あられもない姿で身を投げ出しているメアリーは、今の自分の有り様がどうなっているかなど気にも止めず水を欲していた。

「喉、乾いた……」

喉を酷使しすぎた。呟くように出た声もしゃがれていた。怠慢な動きで四つん這いになり冷蔵庫へ向かう。体を起こす気力などなかった。その姿がダンにどう映ったのか、恐らく逃走する獲物とでも見えたのだろう。捕食者は背後からのしかかるように襲った。

「まだ全然足らねェんだよ」

「あっ、み、みず……」

さっきからずっとこれの繰り返しだった。無防備な孔に再び熱塊が挿入され抑え込まれたまま打ち付けられる。強い快楽が爆ぜるように体の奥で生まれる。何度しても足らないとダンは言う。休憩なく立て続けに行われる交尾にメアリーは疲労も乾きも極限に来ていた。もう水のことしか頭にない。如何にして水分補給するか、水が欲しい水が、水が。ぐるりと体の向きを反転させられ、先程と似た体位になる。その時ダンの艶のある首筋が見えた。度重なる行為と極限状態により一種のトリップ状態になった頭は単純かつ一筋な考えしか出来なくなっていた。

「っ!?」

水が無ければ血を飲めばいい。どこかの偉人の言葉を借りるならそんな所だろうか。メアリーはダンの首に鋭い歯を喰い込ませた。瞬間的にダンは驚いた表情を浮かべ体を強ばらせ動きが止まった。口の中に温かい血の味が広がる。乾きが満たされてゆく。温度などこの際よかった、ただただ水分を含んだものが欲しかった。一心不乱に飲み続け、喉を赤い流動体で潤していた。

「はっ、セックスの最中に噛まれるなんざ初めてだな」

加減のない噛みつきに、僅かに顔が引き攣るがそれでも余裕たっぷりの嗤笑を浮かべている。この男は自身を高揚させるモノになり得るならなんでも歓迎なのかもしれない。それが例え血が流れようとも。

「まだまだ元気そうじゃねェか」

壊れてくれるなよ、メアリー。
堰を切ったように抽挿を再開させる。今度はメアリーの背と腰に腕を回し体の大部分を隙間もなく重ねた。逃がすものかとばかりの拘束。メアリーも同様に、決して噛みつきを止めようとはしなかった。熱塊が内側で擦れ、奥に刺さる度に喉が低く鳴った。ダンの血で乾きが満たされたからか快楽がより鋭敏に、狂ったように感じる。甘美な血を口にしながらのこの瞬間が気持ちよすぎて無意識の内に更なる快楽を欲求していた。足をダンの腰に絡めてよがり、腰をくねらせピストンを強請る。蜜穴はまるで搾取するかのように蠢きキツく締め付けていた。痴女どころか、1匹の雌獣に成り下がっていた。

獣に成り下がっていたのはダンも同じで、一物を濡れそぼった穴へ初体験したての餓鬼みたいに押し込んでいた。体の相性というのは性器のサイズがフィットするという事だけでなく、抱き心地やキス、指の絡め方、匂いなど多義に渡ると聞いたことがある。女と寝た数はそれこそ数え切れないほどあるが、ーー認めるのもやや癪なもののーーメアリーは群を抜いていた。成熟した女でないことを除けば、全てがダンの好みだった。挿入した時の感覚や抱きしめた時の腕の収まり具合、なだらかな肌、甘い声、形のいい乳房、柔らかな匂いーー。どれをとっても一級品だった。
……もっとも元来から自分の欲求を満たせば良いという考えと、カーティスのおかげで無駄に禁欲生活を送らされている反動がモロにメアリーにぶつける形になってしまっていたが。


「ひっ!」

熱塊が不意に最もキモチイイところを抉るように触れ、メアリーの口が悲鳴めいた声が発せられた。逃れるかのように背を反らし、同時にダンの頑健な背に爪を立てた。皮膚を破り、薄く血が流れる。止めて、止めてと譫言のように首を振りながら言うメアリーの反応を楽しむように、ダンは先程角度と加減で的確に突いてきた。その度に甲高い声は上がり比例するように排尿に近い感覚が生まれ始めた。恥だ。それだけは絶対に嫌だと気概と気力だけで乗り越えようとするも、ダンには通用せずあっさりと打ち破られた。喚きと共に結合部から愛液とは違う温かいものが溢れる。赤い瞳に生理的な涙が浮かび、血まみれの口端からヨダレを流す姿はエロさとは程遠く狂気の域に達していた。その様子を見てダンは心底楽しそうに嘲笑を浮かべていた。

「随分と気持ちよかったみたいじゃないか。潮まで噴いちまいやがって」

大きくストロークさせいやらしい水音をわざと響かせる。嫌に耳に残るそれに何も答えず目を逸らした。答えたくもないし、そんな余裕もなかった。くつくつと嗤うダンの動きは止まらず、むしろ激しさを増していた。まだ俺はイッてないと言わんばかりに荒々しく、今度は最奥を突く。内臓を押し上げられるような感覚とピリピリと電流が走る。今までにない経験にほんの少し戸惑うが、それをかき消す程の刺激があった。もはやメアリーは叫んでいた。喘ぐだとか女らしさなどとは違い、野生だ。それでも構わずダンは腰を動かし攻め立てた。そろそろ絶頂が近いからか、背を抱く腕に力が入り拘束がきつくなる。肺が圧迫され呼吸がままならない。苦しい。

「ーーーー」

いよいよ意識が歪み始め視界が暗くなった。最後に記憶しているのはナカに埋められていた熱が硬さを増して熱を放出していた事だった。



「ーーぅ?」

死に絶えたような静寂の中でメアリーは目を覚ました。気絶をしていたと自覚をする。

「なんだ、目ェ覚ましたのか」

視線をやれば振り返ったダンがベッドの縁に腰をかけタバコを燻らせていた。黒髪がうっすらと濡れていからシャワーでも浴びたのだろう。妙に艶っぽいなあとメアリーは思った。しかし相変わらずこのダン・スミスという男。ことが終わってからの行動が早く、長く息を吐きサイドチェストにある灰皿でタバコの火を消すとベッド脇に乱雑に脱ぎ捨てられた衣類を手に取り着替え始めた。

「もう帰んの?」

「カーティスの奴がうるせェからな」

「カーティスってカーティス・ブラックバー
ン?」

カーティス・ブラックバーン。殺しの腕でこのシアトルを牛耳っているという男。今現在ダンがハーマンの差し金で師事している人物でもあった。分かりきった事を尋ねられダンの眉根が寄る。

「そんな名前のヤツが何人もいてたまるか」

「だよねぇ」

あははと笑う声は乾き、表情はぎこちない。あらかた服を身にまといシャツのボタンを止めていると、そういえばと口を開いた。

「お前、随分と深く噛んでくれたな」

「そこまで深く噛んでないと思うけど……」

というか元々はダンが水分補給の間すら与えないのが悪いと思うが。

「薄い血使えばいいじゃん。すぐ治るよ」

「他の傷まで治しちまうだろうが」

たしかにダンの体躯には首筋の噛み傷を始め細々とした傷や怪我がある。が、薄い血を使ってさっさと治しても何ら弊害はない気はするが。メアリーの思惑を察したのか、さも忌々しそうに舌打ちをすると答えた。

「カーティスが毎晩傷を見てきやがるんだよ。気持ちわりィ」

「えー……」

たぶん何かをきっかけに、何かと理由をつけてダンの体を見ようとしている所までは読めた。部分的に怪我を直せないことがこんな形で仇になるとは誰が想像しただろうか。そして、あのカーティスが男色だとこんな形でカミングアウトだなんて誰が想像しただろうか。頭を殴られたようなショックを一人勝手に受けていると、ギシリとベッドを軋ませダンが乗る。乱暴にメアリーの毛布を剥ぎ取った。恥ずかしがる様子などなく、顔は恐怖で染った。

「わああ!待って怒んないでよ!」

「しっかりツケ払って貰わないとなぁ。あ?」

「!!」

逃げるようとするメアリーの手首を掴まえ、引き寄せベッドに押さえつける。頭部に軽い衝撃が来る。覆いかぶさり、空いた手で首を横に向け固定すると細白い首を噛んだ。噛み付くなど甘いものではなく、噛みちぎらんとするものだった。当然メアリーも黙っているはずもなく、痛みに悶え暴れた。歯が食い込み皮膚が破れ肉が裂け血が吹き出す。苦痛のあまりに叫んだ。痛い、止めて。本当に肉が食いちぎられるんじゃないかと錯覚した頃に、ようやく暴君は口を離した。鮮血でべっとりと濡らした唇を指で拭う姿に、身震いするような心のざわつきを感じてしまい、いよいよ頭がおかしくなったのかもしれない。

「これでチャラにしてやる」

嘲笑を浮かべ去っていくダンの背を傷の痛みも忘れてぽかんと見つめることしか出来なかった。