Diary



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鏡の前で服や髪と格闘すること数時間。家を出る時間が迫っているというのに準備が終わりそうにない。


「こういう日に限って寝癖が酷いんだから...!」


今まで散々この猫のように気まぐれな自分の髪に悩まされてきたけど、今日ほど手こずった日はなかったと思う。焦れば焦るほど、急げば急ぐほどどんどんと悪化しているようにも見えた。

だめだめ。ちゃんと落ち着かなきゃ。

自分の気持ちを落ち着かせるために深呼吸をしていると誰かから着信がはいった。


「もしもし」
「俺だ。もう着いたか?」


電話の相手はセイヤ。まさかカレはもう集合場所についたんだろうか。


「それがまだなの...。今日に限って寝癖が言うことを聞いてくれなくって」
「ならその頑固な寝癖に感謝しないといけないな。俺もまだ着いてないから」
「あれ?一時間前に任務を終えて出発したって連絡してこなかった?」
「まだ時間がかかりそうだ」


カレ曰く"音声ナビに従っていたはずなのに目的地からどんどん遠ざかっている"らしいんだけど...簡単に言うと迷子だ。


「迷子なんだね」
「迷ったわけじゃない」
「はいはい」


そう言うと不服そうな声が聞こえてきた。
拗ねた顔をして歩いているセイヤが目に浮かんで顔が緩む。


「もう時間が無いから急いでいく。今日は遅刻したくない」
「焦らなくて大丈夫だよ。わたしも服だけ着替えたらゆっくり集合場所に向かうから」
「寝癖はもう直ったのか?」
「おかげさまでね」


ならもっと急がないとな、と言ったセイヤが走り出す音が電話越しに聞こえてくる。
今日の臨空市はきっとカップルで溢れかえっているはず。そんな中を一人全力疾走している姿を思い浮かべると嬉しさと微笑ましさでまた顔が緩んだ。


「そうだ、さっき通り抜けたイベントのフラワーボーイがバラを1本くれたんだ」
「なんか大通りの交差点の近くでマッチングイベントやってるらしいね」
「あぁ。フラワーボーイいわくこのバラは気になる人に渡すものらしい」


気になる人。
バレンタインの日にここまでわたしの心臓を締め付ける言葉が他にあるだろうか。
セイヤの気になる人って──
そう聞こうとしたわたしの言葉を遮るようにセイヤの声が耳に届いた。


「会ったら、あんたに渡してもいいか?」
「...え?」
「じゃあまた後で」
「あっ!ちょっとセイヤ!」


軽くパニックになって叫んでみたものの既に電話は切れているようで無機質な機械の音しか聞こえない。さっきとは違う意味で心臓が締め付けられてる。
...あんなのずるい。
チークなんて必要のないくらい赤く染まったこのほっぺがカレと会うまでに元に戻りますように。
そう願いながらセイヤの待つ場所へと向かった。