
本物の愛に後悔はない
Il vero amore e senza rimpianti.
本物の愛に後悔はないという意味で、そんなことわざがどこかにあるらしい。
「後悔ねぇ...」
ココアを片手にふと考える。
もしわたしがいつかカレを愛したことを後悔したとして、それは本当に"本物"ではなかったと言えるのだろうか。
なんて頭の中でぐるぐるしていると随分時間が経っていたみたいで、セイヤとの約束の時間がすぐそこまで迫っていた。
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「ごめんお待たせ!寒いのに外で待っててくれてありがとう」
「大丈夫だ。それにあんたが着いた時に俺の姿がなかったら心配すると思って」
「確かに。ワンダラーのところに行っちゃったと思うかも」
「だと思った」
そう言って落ち着いた笑い声をこぼす。最近、わたしといる時のセイヤの笑い声が増えた気がしてうれしい。
出会った頃のセイヤは本当に無表情で感情が読めなかった。そもそも自分のことをあんまり話してくれないのに表情も変わらないとなるとなにを考えてるのかさっぱりわからないからいつも困ったけど、そのおかげでカレの些細な変化や言動も見逃さないようになった。これが良いことなのか悪いことなのかわからないけど。
「何が食べたい?」
「寒いからな...火鍋はどうだ?」
「ほんと好きだね。いいよ、美味しいお店に連れてってくれるんでしょ?」
「もちろんだ」
カレが隠しているものは想像もできないくらい壮絶なものなんだろうと薄々感じてはいるけど、いつの間にかそれについて深く踏み込まないのが当たり前になっていた。逆にセイヤもわたしが本当に隠したがっていることは探ってこない。そういうルールがお互いの間にできていた。
だからちょっと寂しいけどセイヤが話してくれるまで待つつもり。
「その牛肉早く食べないと固くなるぞ」
「はいはい。確か牛肉のベストタイムは30秒なんだよね...ん、美味しい!」
「それはよかった」
「セイヤのおかげでわたしも火鍋にはまりそう」
「じゃあ次は家でつくるか」
「セイヤは味見担当ね」
「...鍋は焦がさない」
「ほんとかな〜」
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「さむっ」
外に出た途端に鍋であったまったからだが冷えていく。
こんなに寒くなるならマフラー持ってくるんだった。
「寒いな」
「雪が降ってないだけマシだね」
「そういえば、前に火鍋を食べた時は初雪だったな」
「...初雪の祝福を受けたもんね」
「...なんのことだか」
そう言いつつも耳まで真っ赤なセイヤ。あの日自分がした事を思い出したみたいだ。(このお話はまた別の機会に❁⃘*.゚)
「今日は手貸してくれないんですかお兄さん」
「そういうあんたこそ、今日はマフラー貸してくれないのか?」
「そもそも持ってきてませーん」
「じゃあお互いに温め合うしかないな」
差し出されたセイヤの手は白くて大きくて暖かい。繋がれた手をまじまじと見つめるわたしを見てセイヤはまた笑った。
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並んで歩きながらまたことわざについて考えてみた。本物の愛に後悔はないとされているならきっとわたしはその国で生きていけない。
だって後悔してもしなくてもこの想いはわたしにとって何にも変えがたいものである事には変わりないし、それが紛い物だと言われてしまうのは心外だ。
何をしたって最善を尽くしていたって、後悔する時はするんだからその後悔を上回る程の愛を胸の奥で密かにカレに捧げようと思う。その後悔までも愛せるほど今過ごせているカレとの時間を1分、いや1秒までも大切にしたい。例えセイヤから────
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「着いたな」
「そうだね」
セイヤはわたしのひとつ上の階の部屋に住んでいるからマンションに付いてもエレベーターの中までは一緒。手もまだ繋がれている。
〈 〇階です 〉
静かな空間にそのアナウンスだけが響いた。
「じゃあわたしは降りるよ」
「あぁ」
できるだけ平然を装って、なんともないように手をほどく。
離れていく熱に寂しさを感じながらそれを悟られないようにさっさとエレベーターから出たところで中にいるカレの手にもう一度ぎゅっと握り直された。
「ユウナ」
近付いてきたセイヤの足でガタン、と少し揺れる小さな箱。
わたしの心臓はすごい速さで揺れている。
「また明日、おやすみ」
それだけ言うとまた手はぱっと離れエレベーターのドアは閉まっていく。
ガタンと、今度はエレベーターが上に上がっていく音を確認したところでわたしは限界を迎えた。
火鍋を食べた時より真っ赤な顔にへなへなと力が抜けて言うことの効かない足。そしてさっきの事を思い出す度にはやくなっていく鼓動。
意識的なのか無意識なのか、そんなことを読み取れる余裕はなかったけどカレのこういう所がわたしの全てを揺さぶる。
明日会ったら文句を言ってやろう。今夜はきっと眠れないのだから。