スマホの次に好き
「キバナ、ご飯できたよ」
最後の仕上げを終えてリビングの方に声をかければ、ソファで寝ていたキバナの頭が背もたれからひょっこり顔を出した。スンスンと鼻を鳴らしたあと、広い歩幅ですぐに僕の横まで来るキバナの頬が緩む。テーブルに並んだ二人分の料理たちは今日も渾身の出来だ。
「今日もめっちゃ美味そうだな」
「ほんとう? よかった、キバナがルリナさんを紹介してくれたから美味しいお魚が買えたんだ」
「……ふーん」
メインのアクアパッツァはルリナさんが紹介してくれた漁師から直接買い取ったカマスジョーで作った。新鮮で大きくて、漁師さんもすごく人がよかった。久々のいい買い物だ。
グラスにワインを注いでキバナを見れば、ついさっきとは打って変わってむすりとした顔をしていた。どうしちゃったんだろう。料理に何か嫌いなものでも入っていたのかな。ちゃんと好きなものばかりを使ったつもりだったんだけど。
喋らなくなったキバナとの間に沈黙が流れる。気まずい雰囲気を消すためにテレビをつけるとバラエティー番組の楽しそうな音声が流れてきた。二人揃って液晶をぼんやり見つめる。空気は誤魔化されそうな感じだが、ここで会話に繋げなければ意味が無い。とりあえずやたらテンションの高いMCの言葉を繰り返す。
「……恋人に求める条件だって」
「……お前はなんかあんの?」
「うーん……思いつかないかな……」
どうしよう。自分で止めてしまった。だって思いつかなかったんだから仕方ないだろこんなの。やっぱりテレビは悪手だったかも。
テレビの中では最近よく見る若いモデルの女の子が喋っている。
『あたしが一番じゃなきゃイヤですね! じゃなきゃ恋人の意味ないもの』
同意と驚きの声が飛び交うスタジオから目線を僕に動かしたキバナが訊いた。
「ナマエは、オレさまが一番?」
「勿論だよ。キバナが一番さ」
これはご機嫌取りではなく本音だ。初めっから諦めていた僕にチャンスをくれて、恋人にしてくれたキバナが何より好きで大切だ。キバナの目が少し細められた。機嫌が治ってくれたのかも。
次にキバナが言った。
「おれさまはスマホの次にナマエが好きだよ」
「そっか」
イタズラの反応を見ているような笑みを浮かべてキバナは僕を見ている。冗談か本気かわからないけど、なるほどこれはどう考えるべきだろうか。
スマホの上にはポケモンとダンデとバトルがあるだろうから、僕にしては高い位置にいるんじゃないか?悪くない場所だ。それ以上を望むことは、多分強欲なんだ。
納得した僕とは裏腹に、キバナがポカンと口を開けていた。
「は? いや、それだけかよ」
「うん? うん。キバナが僕を好きでいてくれるなら嬉しいよ」
「お前……」
大切なものがたくさんあるキバナが、ひとつ愛情をくれるということはとてもすごいことだ。一番というものに憧れることはあっても望みはしない。キバナが家にいて、僕のご飯を食べてくれる今が最高に幸せだから。まあ、本人から言われるのは、少しだけ悲しいけど。
フォークを持った手に、僕のより大きなキバナの手が重ねられた。顔を上げると、キバナが焦った顔をしていた。
「言っとくけど、嘘だからな。スマホなんかより好きに決まってんだろ」
「うん。ありがとう」
「……今のはオレが悪いけど、オレだって不安なんだ……お前は何も欲しがらないだろ」
不安にさせていたなんて思ってもいなかった。「頼むよ、オレを欲しいって言って。なんだってあげられるから」いつも自信たっぷりのキバナからは想像できない弱々しい声が僕に縋り付く。そうか、キバナもこんなに僕が好きなんだ。
「じゃあ……僕を一番にしてくれないかな」
「……そんなの、初めっからそうだよ」