犬の次に好き



ガシャン!!

「ッテェなゴラァ! テメェ太宰、頭おかしいんか!?」
「…………目障りだ」
「はぁ!? 人のこと殴っといてそれかよ殺すぞ!」

突然の攻撃に対応しきれず突っ込んだせいで棚が倒れて中身が飛び出した。中に入っていたファイリングされた書類やら何やらが頭に落ちてくる。分厚い書類達が落ちる衝撃は強くて一瞬息が詰まった。
視界の隅に捉えた蓬髪に噛みつくも、当の本人は殴った拳とおれの間で目線を一往復させて呟いただけだった。殴られた頬がズキズキ痛んで血の味が口の中に広がる。
昔はこんなことなかったのに。いつの間にか此奴の中で何かが変わってしまった。その暗い茶色の中に、友達だったあの時の面影はなかった。

昔、と云ってもそんなに前じゃないが、昔おれ達は友達だった。おれと同い年でありながら最少年幹部という人間におれはすごく興味があって、偶然通りかかった太宰に話しかけた。それから時々昼ご飯を一緒に食べたり、遊戯のひとつも知らない太宰におれの好きなゲームを勧めたりするようになった。
この日々は楽しかった。ポートマフィアの中で友達ができるとは思っていなかったし、太宰は頭が良いから作戦の肝とか生き残る為にやっておくべきことを知っていた。こうして考えるとおればかり得をしていたが、気にした様子もない太宰に友達と思っているのが自分だけではないと思えた。
変わったのは、太宰が織田作之助や坂口安吾とつるむようになってからだ。
太宰と遊べる時間が減ったこと、此れに関しては別に良かった。何事にも興味のない太宰が三人でバーなんかに寄って、夜更けまで呑んでるだなんて友達として嬉しかったから。少々淋しくもあったが、それは口に出さないでおいた。格好が付かないし、結局太宰に友達が増えるのは嬉しいと云う他なかったし。どんどん疎遠になっても其れは変わらなかった。
其の頃にはおれは違う奴とよく遊ぶようになっていた。太宰みたいに物を佳く知っている訳ではなかったが、おれと似たような環境で育った其奴といるのは心地良かった。この時にはおれも酒を覚えて、其奴を誘って飲み屋に行こうと思っていた時だった。

「ナマエはいるかい」
「あ、あ……太宰幹部……!」
「あれ、太宰じゃん。久しぶり」
「用がある。僕の部屋に来なよ」
「え、でも未だ報告書が終わってないよ」

怯える其奴の背を撫でて宥めつつ、視線を報告書と太宰の間で行ったり来たりさせていたら太宰がおれの手を掴んだ。相変わらず包帯が巻かれている手には気遣いとかそういうのがなかった。

「そこの君、代わりにやっておいて」
「はっはい!」
「えっ、待てよ太宰、其れは申し訳ないよ。悪ぃな、後でやるから置いといてくれ」
「はぁ? 僕に逆らうって云う心算?」

おれはその言葉に驚いた。友達に、そんなこと云うようなやつだったっけ、此奴は。冗談で云ったようにも思えないその口調に呆気に取られ、其の隙に手を引っぱられ、太宰の部屋まで歩くことになってしまった。後ろを振り向けば、其奴はおれを悍ましいものを見るかのような目で見ていた。

ずっと黙ったままおれの手を引き部屋に着いた太宰は、ソファにおれを投げやった。高そうな其れはやたらと柔らかくて痛みはなかった。

「どうしたんだよ太宰。お前今日変だぞ」
「……もしも其れが本当なら、君のせいだ」

太宰の言葉と共に向けられた目線に、おれは息を呑んだ。辛さとか恨みとか、負の感情が詰まった目。今まで太宰からこんな目を向けられたことはない。

「……なんだよ。おれが何したって云うんだ」
「君のせいで、全部おかしいんだ」
「は……?」

太宰の少し抽象的な話によると、おれと会わなくなって織田作之助や坂口安吾とつるむようになった時期から不調が続いているらしい。胸が痛くなったり集中力が無くなったり、苛々したりと症状は多岐にわたる。慥かに、戦場で集中力が無くなるなんて事があったら其れは一大事だが、これは本当におれのせいか?おれは異能力もなければ太宰に恨みもない。

「おれは何もしてない! 病気なんじゃないのか」
「何処にも異常は無かった。それに君が目に入るとよく発症するんだ。これは、君のせいという可能性が高い」
「そんなこと云われたって、本当におれじゃない」
「信用出来ない」

振り絞って「友達なんじゃないのかよ」と云えば、「先に裏切ったのは君だ」と冷たい声が返ってくる。判り易すぎる絶縁宣言だった。
全く身に覚えのない冤罪に、おれを欠片ほども信用する気がない太宰は、頭から冷や水を浴びせられた気持ちになった。ああ、そうか。終わりは一体いつ訪れていたのだろうか。

「そんなに、そんなにおれが嫌いか」
「あぁそうさ。さしずめ君の順位は……犬の次だ」
「じゃあもう関わってくるんじゃねぇ。おれだってお前のことなんかきッ──」
「……そういう言葉が聴きたいんじゃないんだ」

鈍い音に遮られ、嫌いという言葉は最後まで云えなかった。ソファで吸収できない衝撃が脳を揺らす。何が起こったか理解できず、衝撃から一瞬遅れて感じた痛みに頬を押さえる。今、殴られたか?おれが?何故?

「…………君が悪いだろう」

そう云って太宰は少し苦しそうな、悲しそうな顔をした。だが表情程度で許せるわけがなくて反撃に出れば呆気なく拳を掴まれてしまう。
もう、殴られるとかどうでもよかった。太宰が聴きたい言葉もどうせ判らない。最後に一矢報いたい、其の感情だけで吐き捨てた。

「お前なんか嫌いだ」

おれの言葉に、太宰も何か云おうとしていたが聞きたくなくて太宰の手を振り払って部屋を飛び出した。

あの時の痛みと今日の痛みが重なる。あんなこと云っておいて、未だおれのもとに来ては殴る太宰の考えが判らない。

「お前だっておれが嫌いなんだろ。もう関わるんじゃねぇ」

黙りこくった太宰の感情が、おれには判らない。




本当は全て判っている。僕が抱く感情の名も、どうして前みたいに振る舞えなくなったのかも。それなのに、僕以外と楽しそうにするナマエについ自分が抑えられなくなってしまう。自分が莫迦なことをしていることにはとうに気づいているのに、如何して殴るしか出来ないのか。続ければ続ける程、ナマエの心は僕から離れていくのに。殴りつけた拳でしか触れられないなんて。


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