『あとの祭り』山之口貘著
2024/07/21Sun
この
つまり、近所の人々も、寝坊のぼくのことを知っているわけなのである。ぼくにはわけがあって、この間から、人並の朝をむかえることにしたいものと、こころがけているのであるが、お早いですねと言われてみると、寝坊だった自分のことを、今更のように見せつけられた感じなのであった。
実際、これまでのぼくには、朝というものがなかったもおんなじで、ぼくが、洗面器と手拭を持って井戸端へ出る頃は、すでに朝の過ぎ去ったあとなのであって、井戸の流しのコンクリートが、陽に照りつけられて乾いている時なのである。言わばぼくの生活には朝がなくて、その日その日が昼頃からはじまるみたいなのであった。それには、またそれだけの事情があったからなのである。しかし、その事情については、一々ここに述べてはいられないのであるが、一口に言ってしまえば、ぼくはふくろうみたいに夜になってから仕事をするからなのだ。このことが、ぼくの長年の習慣になっていて、女房こどもが出来てからというものは、いよいよ生活がうるさくなって来て、夜でなくては、原稿の仕事に手をつけることが出来なかったからなのである。