「今日は……体育祭、か」
前日のうちから休日とわかっていたため昼頃に目を覚ます。普段から夜中まで勉強していることが多く、朝は早かったため久々にゆっくり眠れて清々しい気分だった。アイボのセブがふよふよと漂い、枕元の俺の元までやってくる。
「おはようございます、レイ。本日の体育祭、レイが参加できる競技をリストアップ致しましょうか?」
「そうだな……。去年も一昨年も引きこもって参加しなかったし、様子を見るだけ見てみよう」
「レイは飛行レース、岩割り勝負、花咲かせ勝負、その他一般的な体育祭競技に参加可能です。推奨、飛行レース、一般競技。非推奨、岩割り勝負、花咲かせ勝負」
「各競技のデータを提示してくれ」
ベッドから起き上がり、翼を一度広げた。何度か羽ばたかせると大人しく背中に収め、一度大きく伸びをした。
「データ確認中」
セブが電子音を出しながら止まっている横を通り、洗面所へ向かう。顔を洗い、歯を磨き、髪の毛を多少直してすぐに部屋に戻った。セブはすでにデータを床に映し出している。
「……なるほど、確かに飛行レースがいいな」
「しかしレイの場合、飛行中に魔力は使用できません。妨害行為があるらしいとのことですのでお気を付けください」
「わかった」
翼のストッパーを外すのはいつぶりだろうか。この学園へ来てからは、無属性魔法を使う以外でほとんど飛んだことがないように思える。翼に意識が宿ったようにウズウズと何度か羽ばたいた。背中の羽を傷つけないように制服を着る。毎朝、骨の折れる行為だ。
「セブ、飛行レースの受付まで案内してくれ」
「はい、レイ」
*
飛行レースの受付を済ませ、自分の番になるまで校内を歩き回る。普段ではまるで見かけないような生徒たちが悠々と闊歩し、楽しげな表情を見せている。
「あら、レイ?」
後ろからかけられた声に振り返る。視線の先にその声の主はおらず、少し視線を下げると彼女と目があった。ティアーマット・リトル・ドラクル。同じクロー生で一つ上の先輩だ。
「お久しぶりです」
「ほんとねぇ。いつ見ても素敵な翼ですぐにわかったわ!」
女性然としたその立ち振る舞いはいつ見ても美しいと思うが、この人の性別はれっきとした男である。戦闘の際に見られるたくましい翼も今はしまってある。
「レイも何か競技に参加するの?」
「はい。飛行レースに参加しようかと」
「あら! 私もしようかしらと考えていたのよ。レイが参加するならしてみようかしら……」
「クローが有利になりますし、ぜひ」
ええ、と頷いた彼をどこからか呼ぶ声がした。彼はとっさに振り返り、少し嬉しそうな顔をしてそちらに返事をする。
「失礼するわね、レイ。今度またゆっくりお話ししましょう」
「はい。またお手合わせお願いいたします」
優雅に手を振りつつ人混みに紛れていく彼の後ろ姿を見送り、またブラブラと俺自身も人混みの中を歩く。
「レイ、そろそろ飛行レースのスタート時間です。ここからだともう引き返した方が良いかと」
「そうか。図書室に行く暇はなかったな」
いつもならすぐに返ってくるセブの返答がなかなか返ってこない。何事かとセブを見ると、言いにくそうにセブが口を開いた。
「レイはいつも勉学に邁進しすぎかと。こういう日くらいは友人方とイベントを楽しむのが学生ですよ」
まるで本物のセバスチャンのような物言いに、郷愁の思いが沸き起こる。時折連絡をくれる彼も、今は元気だろうか。
「わかった。努力する」
「……ひとまず、飛行レースを楽しんでください、レイ。私は先にゴールにて待っております」
少し諦めたようなセブの声音に、俺は何か間違えただろうか、と思案した。そうこうしているうちにセブの案内通り飛行レースのスタート地点、商業棟の屋上へとたどり着く。
「次の選手はこっちに並べ!」
教師の指示にならい、移動する。と、その時。
「レイも参加するのか」
話しかけて来たのは隣のレーンにいるアッカの男子生徒だった。
「ウィステ……さん」
今月行われる定期試験。戦闘学の実技試験のチームメンバーの一人、ウィステ・アリオトがそこにいた。話しかけられるまで気づかなかった自分に驚く。ウィステさんは俺より学年も年齢も下だが、そのしっかりとした性格に思わず敬語になってしまう。
「試験では仲間だが、ここではライバルだな、はは」
あっけらかんと彼がいう。少し、この飛行レースで彼と戦うことに抵抗を感じていた自分がアホらしくなる。これがセブの言っていた遊びと勉強の違いなのだろうか。
「まぁお互い頑張ろう」
はい、と頷いた矢先、先発のチームのうちの一人がやけに騒がしい。よく見ると彼の周辺には風船がいくつも浮いていて、何かに触れたものから続々と爆発している。その際には風船の中から紙吹雪が何枚も溢れ出し、空の水色を彩っていた。
「あー……あれが妨害用のハッピーバルーンっていうものらしい」
「ハッピーバルーン?」
セブ、と声をかけようとしてセブはすでにゴールへ向かっていたことを思い出した。参ったな、情報がなくては対策の立てようがない。そんな俺の姿を見て悟ったのか、ウィステさんはふ、と笑った。
「ただのびっくりアイテムだ。そんなに気にしなくていいさ」
また一安心する。どうにも俺のこういうところがいけないらしい。そうか、俺はここ数年間こうして遊ぶことも、なかったのだ。
「準備しろ! 十秒後にスタートする!」
教師の掛け声がする。慌てて手を組み、詠唱を唱えた。
「Dia della terra, Dia del cielo.Dare quel beneflcio.」
基本詠唱の直後、もう一度息を吸って翼解放詠唱を唱えた。
「Gamiti le mie ali」
翼にじんわりと熱が広がっていく。ばさ、と音を立てて翼が広がった。隣でウィステさんがほう、と息を吐いた。翼の付け根に熱が集まり、一度高熱が発せられた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに俺の意志通り翼は動いた。
「そういえばあのハッピーバルーンだが」
唐突にウィステさんが口を開く。
「あの紙吹雪の中に赤と青の紙吹雪が混じっているらしい」
「赤と、青?」
「赤は恋愛成就、青は夢を叶えるという噂があるが、どうなんだろうな」
ウィステさん、それは……。
「用意、スタート!」
爆音が鳴って一斉にスタートした。ニヤリと笑ったウィステさんの後ろ姿を追うようにして翼をはためかせる。懐かしいその感覚が、どことなく愛おしかった。
ティアーマットさん(@homu_o)
ウィステさん(@Do38_write)