そのブルー

レイ
体育祭飛行レース02


 第二マーク地点を過ぎた頃、もう生徒たちはまばらに散っている。何処かの国の映像資料で見たマラソンかのように、いくつかの集団になって一定の速度で飛行していた。
 妨害アイテムは地上にいる生徒たちからも、あらかじめ持ってきてレースに参加していたものたちからも次々に繰り出され、至る所で悲鳴が上がっていた。先ほどまで隣にいたウィステさんは気づけばいなくなり、周りは知らない生徒ばかりになっていた。
 先ほどからちらほらと見えるのが、ゼリー状のハートに囚われている生徒たちだ。何をしているんだろうと不思議に思っていたが、どうやら妨害アイテムらしい。名前はわからないが、小さなハートの塊にぶつかると一定時間その場で拘束されてしまうようだ。間を縫ってできる限りぶつからないよう飛んでいく。久しぶりの飛行で細かい調整が難しい。
「……何なんだこれは!」
 ちょうど背後で拘束から解放されたクローの生徒がぼやいていた。銀髪を一つに結わえているが、ところどころゼリーの影響か跳ねている。尖った耳が特徴的だ。エルフなのだおるか。ふらふらとおぼつかない飛び方をしている。首元にピンク色のキスマークが二つほど見え、お熱い相手でもいるのだろうか、と思案した。
「大丈夫か?」
「え? あー……大丈夫だ! このヴィンス様はこれごときで……」
 ふんぞりかえろうとしたのだろうか、胸を張った矢先、彼のバランスが崩れた。魔法発動の集中力が切れたのだろうか。慌てて彼の腕を掴み、引き上げた。
「ひっ、びっくりした……。お、お前、やるな! 褒めてつかわすぞ!」
「……ああ。魔法立て直せるか」
「い、言われるまでもない!」
 掴んだ手がぶら下がった重さをなくしたと同時に手を離した。エルフらしく彼は自身の体を浮かせていた。ひとまず彼と並走する。随分と他の人に抜かれてしまった。
「ハッピーバルーンは大量に追いかけてくるわ、グラトニーハートには二回も捕まるわ、もうこのレース辞退したい……」
「グラトニーハート?」
「さっきからそこら中で浮いてるハートだ。ここに二つキスマークがあるだろ! グラトニーハートに捕まって拘束が解かれた時、体のどこかにキスマークがつくのだ!」
 憤慨していう彼が首元のキスマークを指差した。お熱い相手がいるわけではなかったのか。
「くそ〜、ミケはまだしもガム女はわかっててやってるだろぉ……!」
 地上を見てぼやく彼をよそに、少し速度を上げた。クロー勝利のためならもう少し早く行かなくては勝てないような気がする。と、その時。
 地上から大量のハッピーバルーンがのぼった。周辺の生徒や俺にもあたり、ほぼ同時に破裂する。パン! という破裂音がいくつも重なって周辺から悲鳴が湧き上がった。背後にいた彼も驚いた声を出している。
 視界をカラフルな紙吹雪が埋める中、一枚の紙切れが目に止まる。青色。目の前をふわふわと飛んで行った。同時にウィステさんのセリフが頭に蘇る。
『赤は恋愛成就、青は夢を叶える』
 反射的に手が伸びた。空を切り、何の質量もとらえた感覚がないまま周りの紙吹雪を撒き散らした。手のひらをそっと開く。肌色の中に、青色の紙吹雪が一枚。ぎゅっと握りしめ、もうじき近く第3マーク地点に急いだ。これを早くセブに見せて、保管してもらおう。
 ふと自分が信じていなかったはずのジンクスを信じていることに気づいた。夢を叶える。たとえそれが言葉だけのまやかしでも、見つけられたのが嬉しかった。



「レイ、やけに嬉しそうですね」
 やっとの事でゴールした後。翼の解放魔法を解くと疲労がどっと押し寄せる。翼は力なくクタ、としなびており、若干背中が重かった。こんなに疲れるのは久しぶりだ。それなのに、こんなにワクワクしているのも久しぶりだ。
「ああ。順位は大したことないが、これがある」
「そういうのを信じるとは思っておりませんでした。楽しそうで何よりです、レイ」
 小さな青色の紙片を光にかざす。どこかキラキラとしているそれが、優勝よりも嬉しいだなんてどうかしている。
「レイくん?」
 声をかけられて視線を移すとそこには都子・バレンシアがいた。彼女は昔クロンツェ家とも関わりのあった貿易商、バレンシア家の娘らしく、出会った頃からお互い意気投合していた。ともに貿易商を目指す仲間としてうまくやっている。
「あ! それ、噂のハッピーバルーンの?」
「ああ。偶然見つけた」
「すごいね、いろんな色の紙吹雪の中から見つけられるなんて……」
 若干目をキラキラ輝かせていう彼女の瞳が指先の紙片を見つめていた。
「……バレンシア先輩も飛行レースに?」
「ええ。私はもう少し後で参加するの。見つけられるといいなあ」
「……先輩は青より赤の方が欲しいのでは? 仲のいい彼がいるでしょう」
 彼女は少し驚いたような表情を見せた後、意外そうに笑った。からかうつもりでいたせいか、その表情が少し不思議に思えた。
「レイくんがそういうこと言うなんて珍しいね。体育祭だからかな?」
「……さあ」
 珍しいのか。いつもは心の中で思っていただけで口にしていなかった。思ったことを言うだけでこんなに人に与えるイメージが変わるなんて知らなかった。
「でもレイくんが青見つけちゃったから、レイくんの夢も叶っちゃうね」
「……完全に信じているわけではないですけど」
「いいのよそんなの。私もレイくんに負けないように頑張るから! 体育祭も、夢も」
 はい、と頷く。バレンシア先輩を呼ぶ声がした。狼の少年が訝しげにこちらを見ながら彼女を呼んでいる。行ってください、と動作だけで表し、挨拶もソコソコに別れた。
「レイ、今日はこの後どうしますか?」
 俺とバレンシア先輩の会話を聞いていたのかいないのか、ようやくセブが口を開く。
「そうだな、少し疲れているが……もう少し、体育祭を見て回ろう」
 表情がないはずのアイボが、少し嬉しそうにしている気がした。
ウィステさん(名前だけ)
ヴィンスくん(@inuinu_1111)
都子ちゃん(@jJSQNOnDxELEzOK)
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