きっと、調子に乗っていたからバチが当たったんだ。
死にそうな生徒を探して森の中を飛び回っていた。戦闘音が聞こえたらとりあえず様子を見にいって、問題なければ声もかけずにその場から立ち去る。
自分はミラージュに遭遇しない、そんな驕りのせいだ。そう思って動いていたからバチが当たったんだ。目の前に一体のミラージュが現れた、そう思った時。その姿はあっけなく僕の”恐ろしいもの”へと変貌した。
それは本物かと見紛うほどのコピー能力。僕の脳内をしっかりと映しているのだろうが、ここまで正確に映すなんて。正面からそれを見るのは、もしかしたら初めてかもしれない。
その姿は里にいる頃から、謁見することすらかなわない存在だった。その人は僕たちのたった一人の生みの親であるにもかかわらず、僕たちは生まれてから死ぬまで一度だってその人に会えない。生まれた瞬間、目に映ったその姿をきっとミラージュは映している。
「茉紘」
こんな声だったのだろうか。いかんせん、それに関する記憶がなさすぎて覚えていられない。僕の頭の中、潜在的な意識に残っている声をミラージュがコピーしているのか、それともそれっぽい声を出しているのかはわからなかった。
「いつまでそこにいるつもりだ?」
空気が急に張り詰めた気がした。太もものクナイに手をかける。
「私を殺すつもりか、茉紘」
怖い。その異常なまでの殺気。落ち着け、これは偽物。ミラージュだ。本物じゃない。違う。
「私を殺せばどうなるかわかっているだろう」
やめて。もう喋らないで。その姿で言葉を発さないで。
「やめろ。僕はあなたの元にはもう帰らない」
「許されない。そんなことは決して許されない」
全部僕の頭の中で作られた映像だ。これは、本物じゃない。
それでもどうしようもなく怖かった。茉紘、と名前をつけてくれた時の声だけはどうにか思い出せるような気がした。僕が生まれて初めてそれの姿を見た時の記憶を、思い出せるような気がした。
僕はこの学園を卒業しない。卒業したくない。したらわかっている、僕は死ぬ。種族の中で一種のテストのように入学させられた僕だって最初は帰りたくて仕方なかった。姉様や兄様のように世界を飛び回って任務をこなし、評価を上げたかった。けどそれはあの狭い価値観での幸せだ。
顔も、名前も、知らない人のために死ぬ。死ねばその魂はやがて"親"の元に還り、茉紘という存在は消えてまた新しい名前がつけられる。まるで機械だ。この学園に来て知った。僕は、いや命あるものはもっと自由に生きていい。僕は自由に生きたい。今いる場所がたとえどんなに狭い場所でも里よりは自由だ。犬死することもない。僕は死にたくない。僕は……!
「殺すつもりか、茉紘」
死にたくない。死にたくない、死にたくない。死なないためにあなたを殺さなきゃいけない、それは僕が永遠に生きるために必要なことだ。僕がこの先も自由を手にするためには必要なことだ。僕は、死にたくない。
「やだ。……やだ、死にたくない」
それの両腕が俺に伸びる。黒いヴェールで覆われたその顔の、薄く透けた口元だけがニヤリと笑っていて不気味だった。
「……私の、可愛い子」
「嫌だ! 嫌、嫌……死にたくない、死にたくない!」
死にたく、ない。マツリカ、僕は……まだ生きていたいよ。一緒に永遠に生きようって約束したはずだろ。僕は力をつけて卒業して、親を殺す。そしたら君と一緒にずっといられるって、約束した。マツリカ、僕は、僕はどうしたらいい? 死にたくない。
それの両腕が僕の首にかけられた。死にたくない。絞まる。死にたくない。やっぱり、僕の腕は動かない。クナイを握りしめていた手が力なく開いた。
「……茉紘!」
マツリカ、助けて。