「大丈夫か」
「……最悪。返り血ひどいし」
確かにこちらを向いた茉紘の顔や制服にはおびただしい返り血が付着していた。青いクローの制服も色が変わってしまったように見える。
「早く宿戻って着替えたい」
「護衛してやる」
「は? いらないんだけど」
ほとんど一人で倒したようなものなのに茉紘は何も言わなかった。ありがとう、ともごめん、とも言わなかった。それが茉紘だ。ただトドメをさすまでの精錬された動きと最後のトドメの瞬間だけが瞼の裏に焼き付いている。
すっかり猫のような姿に戻ってしまったミラージュからクナイ二本とナイフを抜いた。血に濡れた刃物を茉紘は懐から出したハンカチで吹く。
「でもまぁ、ありがと」
「は?」
耳を疑って思わず聞き返してしまった。何、と不機嫌そうに俺を見ながらクナイとナイフをそれぞれ定位置に戻していた。
「いや、お前から感謝されるとか気持ち悪ィ」
「うっさいなもう。だってアンタが来なかったらきっと僕あそこで死んでたしね」
死にたくない、と虚につぶやいていた茉紘を思い出す。俺の知らない茉紘だった。誰だって生きているものは死にたくないものだ。俺だって今の今まで必死で生きるために戦ってきた。茉紘は戦闘を好まないし、俺のように孤児という訳でもないけれどそれでもどこかで戦っていたのかもしれない。
俺には想像が及ばないほどの何か。多分それは、少し頭がいい茉紘だから戦えるやり方なのだ。
「僕はまだ死ねない。ていうか、一生死ぬつもりない」
「それだと一生が終わらねえけど」
「終わらなくていい。みんなが死んでいく様を、僕は見届けてあげる。もちろん……クオリアも」
振り返りざまふにゃりと笑った茉紘の顔を見て思わず、笑い返してしまっていた。普段、僕は可愛い、と喚く茉紘の言葉に初めて同意できたかもしれない。
一生死ぬつもりがない、というのもどうなんだろう。茉紘の種族が億単位の寿命を持っていることだけはうっすらと聞いていたが、ずっと生きているのもそれはそれで苦しいような気がする。
茉紘が百年以上もこの学園にいるのにも何か理由があるのだろうが、俺なら十年ですら同じ場所にはいたくないと思うだろう。何億年も生きるのも勘弁だ。きっと世界に飽きてしまう。
「帰るよ」
「おう」
横に並ぶ。普段は見下ろすな、縮め、と悪態をつく彼も今は何も言わずに隣を歩いていた。
「なぁ、つーかお前の武器めっちゃいいな。俺も使ってみてぇ」
「仕方ないから修練棟付き合ってあげる。一回しか教えないからね」
ミラージュの死体はただ、割れた鏡とともに沈黙している。