闇の魔物



「茉紘……」
「アンタバカなの? アンタの得意な魔法って何か言ってみて」
「……土属性魔法」
「そうじゃないっつのバカ? 遠距離魔法でしょ。普段戦う時その場から一歩も動かないクロンツェさまはどこいったの? バカ?」
 四回も言った、と不満を口にするよりも前に獣はうごめいた。茉紘の視線がすぐに動き、指先を動かすだけで彼の周辺には火の玉が浮き始める。
「死にたいならさっきと同じように戦ってどうぞ。僕の攻撃も容赦はしないから。死にたくないなら一回頭冷やしな、バーカ」
 五回目だ。茉紘のその棘のある口調とはちぐはぐに、彼の火の玉の一つが浮遊して俺の皮膚にまとわりついた。傷を癒す、と言われている彼の鬼火の一つだろう。
 同時に彼女の炎が動き始める。駆け出した茉紘はスカートの中に手を突っ込み、クナイを二本取り出した。もとより忍の家系と聞いたことがあるが、さすがの身のこなしだ。目と思しき場所に炎を集中させ、すぐにその背中に飛び乗った。
「茉紘! その魔物は質量が殆どない、気をつけろ!」
「飛び乗る前に言ってくれる? 危うく怪我しかけたんだけど!」
 やはり背中の黒い皮膚に見える場所も質量はなかったようだ。それはまるで影のようだ。
「ちょっと。頭冷えたんなら手伝いなさいよ! こいつの弱点とか知らないわけ?」
 不思議だ。茉紘が飛び回っているとそこはちゃんと森の中で、魔物はあの日とはまるで別のものに見えてくる。茉紘の放つ火の玉は確かにそこにあるものを燃やしているのだが、気づけば闇の中に埋もれていってしまう。本物がどうであれこれは本来ミラージュのはずだから、核があるはずなのに。
「弱点はわからない」
「使えなさすぎ」
「……だから、とにかく突き刺す」
 茉紘の火が埋もれてしまうということはあまり実体のない攻撃は効果がないのだろう。一度息を吸う。
Coagulare il nostro signore凝固せよ我が主
 魔力を整えつつ、周辺に土を浮かせた。徐々に削り、鋭さを増していく。茉紘も俺の行動を見て察したのか、土の塊の軌道を読んで動き始めたようだ。
「一発で仕留めて。時間ないし」
「努力する」
 数多の土の塊は先ほどまでの剣のように鋭さを持った。茉紘に目配せすると彼はその場から退いた。
Les ciao giuその身を降らせ
 茉紘に気を取られていた魔物へ、同時に浮かばせていた土の梁を一気に差し込んだ。そのほとんどはすり抜けて土に刺さっていったが、一つだけどこかに突き刺さっているようだ。魔力が足りなくて深く突き刺さらない。
「茉紘!」
「はいはい!」
 クナイを太ももに戻し、懐から短刀を取り出す。木陰に隠れていた彼の姿がさっと登場し、土の梁が刺さっている部分をさらに深く刺した。獣の方向が森に木霊する。
 魔物とミラージュ本来の姿が映像の乱れのように点滅していく。茉紘が飛び退いた時には、もう本来の姿となって倒れていた。しばらく観察しているとそれは霧散した。
「……お疲れ、おバカさん」
「何回言うんだ」
「あのさ。死にたいなら誰かのために死になよ。……自分のために死ぬなんて言う傲慢な考え、やめなさい」
 まるで年上かのように。いや、実際年上なのだが、俺より小さな体に言われるとムッとしてしまう。じゃあね、と木に飛び乗って移動しようとする茉紘を慌てて止めた。
「茉紘!」
「なに」
「……助かった、ありがとう」
 ちょっと驚いたように俺を見る茉紘の表情がやがてちょっとだけ笑顔になった。
「いーよ。どういたしまして」
 木の間に消えていく茉紘の後ろ姿を見送ることなく、俺も背を向ける。

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