確かにこれだった。
立ちはだかる何時ぞやに見た闇の魔物を見据えながらぼんやりと考えていた。
目の前にそれが現れた時、心の中は思いの外冷静だった。俺はどうやらそこまでの殺意を目の前の怪物には抱いていないらしい。そもそも、これはミラージュ。大丈夫、大丈夫。……大丈夫。本物じゃない。
「
魔力が普段よりも多く解放された気がする。いい、大丈夫。この程度は誤差だ。
「
ここはテルキュースバルト。緑に溢れた妖精の国だ。土ならば豊富にある。ここでの戦いは俺の方が圧倒的に有利だった。無尽蔵に土の塊を作り出す。次々にそれらを降らせ、闇の魔物を徐々に埋もれさせていった。
闇の魔物は特に動くことなく、その場で土の塊の雨を一心に受けていた。動かないのなら都合がいい。こちらから一撃加えれば死ぬだろう。
「
その場にある土を目一杯使用し、できる限り鋭利にした刃物が手の中に作られていく。その間にも魔物への土の塊の雨は途切れさせることはなかった。
土で作られているとは思えないほど鋭く、硬度を持ったそれを構える。剣術なんて習ったことはないが、知り合いの鉄パイプ使いの動きなら何度も見たことがある。魔力を解放しているいま、翼の解放詠唱は唱えられないがある程度の身体能力でカバーできるだろう。
走りだす。闇の魔物は動かず、ただ土の塊に埋もれたまま呻き声を上げている。ああ、聞いたことがある声だ。一瞬、その場の景色が森からあの日の屋敷に変わった気がした。
何度か瞬きをして振り払う。ここはテルキュースバルト。ハイリヒンメルでも、ましてや実家でもない。落ち着け、大丈夫だ。
魔力を帯びた土の塊は俺の意思に伴って道を開ける。一つ、開いた大穴に剣を突き刺した。それはなんの抵抗もなく飲み込まれる。……いや、これは、なんだ?
その感触は不思議なものだった。まるで抵抗がないのだ。強いて言うなら空気に押し入れたような、そんな感覚。なにもない、そこには。しかし魔物はどうやら攻撃されたことに気づいたようで、さらなる咆哮を続けた。
蘇る。……怖い、嫌、違う、怖い、怖くない。待って、助けて、母さん父さんどこにいるの? 違う、助けて、違う、助けなきゃ。母さん、母さん血が、息が、あ、ああ、待って、お願い、ああ。
あの時できなかったことを成し遂げたい、本能が叫んでいた。逃げない。このまま、倒す。突き刺した剣を抜き、無茶苦茶に刺し続けた。魔物の前足が動く。体の横に当たったと感じた次の瞬間、吹き飛ばされた。木の幹に体が当たり木の葉が散る。
衝撃のせいか魔力の制御が崩れ、手元の剣が歪んだ。慌てて立て直して魔物に向けてまた一直線に駆け出す。こんなところでやめていられるか。
次の一手と同時に魔物の足が上がった。また弾き飛ばされる、そう覚悟した瞬間。
再度獣が咆哮した。次に来るはずの衝撃は訪れなかった。目を開けると、見知った炎に包まれた闇の魔物が身悶えしている。後ろから想像していたよりもやわい衝撃が頭を襲った。
「バカなの?」
ただそう一言、呟いた彼女……いや、彼、は怒ったような表情をしてこちらを見上げていた。