闇の名前

レイ
ペットとの出会い


 休日。前日からずっと机に向かっていたせいで明け方に眠りについた。起きれば時刻はもう午後だ。アイボのセブに散歩でもしたらどうだ、と言われてフラフラと廊下を歩いていた。
「レイ、せっかくですから商業棟の方へ行ってみたらいかがです?」
「休日だし、人、多くないか?」
「こんな日にしか行こうと思わないでしょう。一回りする程度で大丈夫ですから。それに、今の時間大体の生徒はお茶してますよ」
 あまり腑に落ちない説明に無理やり納得しながら足を商業棟へ向けた。特に目的など何もないが、常日頃からセブには勉強だけじゃいけない、と言われ続けていたせいもあるだろう。
「ジギー! テメーまた俺の指輪食っただろ!」
 やたら騒がしい人がいる、と視線を移すとアッカの生徒らしき男性が逃げるペットを追いかけながら大声をあげていた。彼が走るたびに床と金属がこすれる音が響く。よく見ると片足が金属製だった。改造でもしてるのだろうか?
「賑やかですね」
「ああ。楽しそうだな」
「レイもペットを飼ったらいいのでは?」
 俺にペットなんて……。今でも少し生き物には抵抗がある。あの夜に見た宵闇の魔物の影が、どうしようもなく頭の中に蘇ってきてしまう。昼間に見る魔物や動物は問題ないのだが夜に影を見てしまうとやはり恐怖は拭えない。
 いや、これはそんな簡単なものではないのだ。恐怖だけじゃない。後悔、怒り、絶望……悲哀。いろんな感情が一気に俺を襲って何もわからなくなる。
 商業棟へたどり着く。案の定、建物の中は生徒であふれていた。甘い匂い、よくわからない店、楽しそうに笑う生徒の表情。そういう日常がここに広がっている。一瞬、あの夜に戻りそうになった記憶を引き戻し、目の前の景色を現実だと再認識した。
「どちらへ行きますか? レイ。可能であればご案内いたしましょう」
「そうだな、まずは……」
 不思議と自分がワクワクしていることに気づいていた。この景色はもう何度も見ているはずなのに、どこか非日常のような気がしていつでも初めての気分にさせてくれる。



 文房具店や様々な国のご当地品が売っている店、いろんな言語で書かれたレアな書物が置いてある書店など、とにかくセブに行きたいところを言って巡った。買い物もいくつかして、随分満足した頃。ふと、ペットショップの前を通りがかった。
 先ほどの廊下での出来事を思い出し、思わず立ち止まる。
「気になるなら入ってみたらいかがですか、レイ」
「……いや、別に」
 立ち去ろうとしたその刹那、腰あたりにどん、と何かがぶつかった。
「あ、すみませんすみません!」
 見るとそこには緑色の髪をなびかせた小さなクロー生がいた。何度か廊下や寮で見たことがあるが、実際に話すのは初めてだった。その腕の中には猫のような生き物がむすっとした顔で居座っている。
「いや、大丈夫です。……その、生き物は……?」
 あまりにもふわふわしていそうなその生き物に思わず手が伸びかける。ぐ、と我慢して彼女に尋ねた。
「この子、ですか……? アイズー、というペットです。おそらくこのお店の中にもいると思いますけど……」
「そう、か」
「触りますか?」
「いいんですか」
 ふ、と少し笑った彼女がどうぞ、と頷いた。恐る恐るしゃがみ、彼女の腕の中のアイズーを撫でる。特に表情は変えず、しかし少しだけ気持ち良さそうに目を細めたアイズーはおとなしく俺に撫でられてくれていた。
「おとなしいんだな……」
「気になるなら、お店の中に入ってみればいいと思いますよ」
「ああ、ありがとう」
 撫でるのをやめ、立ち上がった。彼女は一礼して俺の横を過ぎていく。あ。そういえば。
「君!」
「は、はい!?」
 突然大きな声を出したから驚いたのか、彼女はビクッとして振り返る。アイズーの毛も少し逆立ったようだ。
「名前、聞き忘れていた」
「ああ、ノクム、と申します。一年です」
「ノクム、か。俺は三年のレイ。よろしく」
 ぺこり、とお辞儀をして今度こそ彼女は去っていく。ノクムの後ろ姿を見送ってペットショップに向き直った。セブは何も言わない。意を決して、一歩、踏み出した。

ノクムちゃん(@hakabakasii)お借りしてます
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