「……っ」
何かから吐き出されるように意識が覚醒した。びっしょりと汗をかいていた。左手の熱さは健在で、でもそれは耐えられないものではなく温もりのようなものだった。
「おい、大丈夫か」
私を覗き込んだダニーの手がその温もりの正体だった。徐々に頭が冴えていく。そうだ、幽霊列車の事件を捜査するために列車に乗って……。
ガバッと起き上がる。周りを見渡すとそこは張り込みをしていた地下鉄のホームだった。二人で座っていたベンチの上に私は横になっている。
「え……あれ、列車は?」
「俺も気づいたらここにいた。というか二人して線路に飛び込もうとしてたところを駅員に止められたんだ。俺はそれで目を覚ましたけどお前はずっと幻覚の中にいたからここに寝かせてた」
死に誘い込む列車。噂通り、多分あの列車に憑いている霊は過去の記憶を元にした幻覚を乗客に見せて誘導するんだろう。
何よりも、死ななくてよかった。ダニーも私もちゃんと生きて戻ってきていた。安堵から体の力が抜ける。と、ずっとつなぎっぱなしの手が恥ずかしくなった。
「も、もう手離していーよ!」
「ん? ああ。悪い」
パッと離れた私の左手は熱から解放されほんの少しの寂しさをはらんでいた。ちゃんとダニーは約束を守ってくれた。列車の中で手を繋いだ時、私が子供っぽくお願いした約束を。
「どっか具合悪いところはあるか? 寝起きみたいなもんだからあんまり頭冴えないと思うけど」
「平気。怪我もしてないみたい。……結局、幽霊列車の原因、わかんなかったね」
「上も人命を第一にって言ってたから大丈夫だろ。まぁ俺たちが原因究明できなかった分、他のバディが行くことになるんだろうがな……」
「……そっか」
視線を合わせるために目の前にしゃがんでくれていたダニーが立ち上がって伸びをした。そういえばと思ってスマホを取り出し、時刻を確認する。もう明け方になっていた。よく見れば通勤のためなのか朝帰りなのか、ホームにはまばらに乗客がいた。
「とりあえず立てるか? 地下暑すぎてシャワー浴びたい」
「おじさん、汗の匂いとか気にする年頃だもんね」
「うっ、気にしてるから言うな!」
足に力を入れて立ち上がる。若干ふらついたが、ちゃんと歩けるようだ。先に歩き始めたバディの後ろ姿に向かって早足に歩き出す。
「ニーナ」
バッと後ろを振り返った。聞いたことのないはずの母の声がした気がしたが、背後に広がっているのは酔っ払い客と閑散としたホームだけだ。列車が私に見せた幻覚は、おそらく私の願望のようなものだ。列車はそうやって乗客の夢を作り出す。私はずっと母に許されたかったのだ。父と、兄にも。結局過去の幻覚は実際にあったことしか作り出せないから私の望む結末にはならなかったけれど、こうして戻ってきていると言うことはそれが答えなのかもしれない。
例えばこの先、母の霊とまた出会うことになるならちゃんと成仏させてあげたい。少なくとも、この命と霊能力は母が遺してくれたものなのだから。
「ニーナ! どうかしたか?」
改札まですでにたどり着いていたダニーが私を呼んだ。
「んーん! なんでもない!」
もし許されるなら、私をもう少し生かしてください。あの時兄が守ってくれたこの命を無駄にしたくないから。できる限りこの世に紛れ込んでしまった霊達からこの世界の人たちを守れりたい。……私の頼れるバディと。
階段の上から差し込む陽の光が、暗い地下鉄の駅を照らしていた。あの時とは違う、眩しい光の中に私は走って行く。
記憶の車窓事件、一件落着?