「あ」
その顔をお互いが認識したのも、微妙な声を出したのも同時だった。目の前にはアッカの制服を着た男子生徒、不招豊哉の姿がある。都子に恋だよ、と言われてから、さらにモヤモヤした感情を抱えながら適当に歩き回っていた。どうやら気づかぬうちに外に出てしまっていたらしい。豊哉と初めて出会ったのは食堂タダ券争奪戦だが、それ以降も少しずつ友人つながりで顔見知り、程度にはなっていた。
「どうも」
ぺこ、と頭を下げてすれ違おうとする彼の腕を思わず掴んでいた。言葉よりも先に体が動いてしまう癖が出る。驚いたように俺を見る豊哉に、パッとその腕を離してすぐに謝った。
「悪い、あー……の、さ。パルヴィのことなんだけど」
「……なんだ?」
パルヴィの名前を出せば待ってくれるだろう、と安易に考えたのが悪かったのかもしれない。想像以上に食いついた豊哉に若干引きつつも、頭の中でできるだけ言葉をまとめようとした。豊哉は苦手なタイプだと、初対面の時に感じた。なんだかはっきりしないし、頼りなさそうに見える。でも改めて戦ってみて、ああ、彼ならなんとなく大丈夫だと思った。二人がまだそこまでの関係になっていないのはわかっているが、少なくとも彼からパルヴィへの想いは見え見えだった。
「おい」
あまりにも黙り込んでいたのに待てなくなったのだろう彼がせっついた。まとまりのない言葉を垂れ流せば流すほど自分が何を言いたいのかわからなくなるような気がして躊躇ってしまう。苛立ちよりも困惑の色が強い彼の表情を伺っていると、なんだか今度は面白くなってきた。妙に真剣で少し不安げな彼の顔を見つめ、吹き出した。
「……本当になんなんだ」
「ふはは、いや、悪い。なんか馬鹿らしいな、こんな風にかしこまって話すことでもねぇし」
さらに困惑の色を強めた彼の表情は、俺の笑い声を加速させていく。それまで詰まっていた俺の疑問は、すんなりと笑いとともに吐き出された。
「なんでパルヴィを好きになったんだ?」
今度は目に見えるように顔が真っ赤になる。自然と口元が意地悪くニヤつくのがわかった。これまでもいろんな行事で豊哉にパルヴィを投げてきたが、功を奏しているようで安心した。
「そん……そんなの……、それよりなんでそんなこと?」
「いいから教えろよ。純粋に気になるだけだ。別に言いふらしたりバカにしたりしねーよ」
今度は真剣な表情で眉間にしわを寄せながらじっくり考えているようだ。多すぎるのか、はたまたないのか。もしかしたら両方かもしれない。
「わからない、と言ったら怒るか?」
「怒らねぇ。……そうか、わかんないもんか」
落胆ではない、どちらかというと安堵に近いため息が口から漏れた。もしかしたら豊哉はそのため息も誤解したのかもしれないが、そんな事かまっていられない。
「君はどうなんだ」
「は?」
「……仲がいい人、いるだろう。なんで、とか考えないのか?」
それが誰のことを指しているのか、答えを導き出すのは簡単だ。それはきっと俺の頭の中を占めている人物だろうし、もしかしたら恋とやらをしている人かもしれない。けど。
「秘密だ」
ニヤリと笑うと不満げな豊哉の表情が目に入った。人を好きになるのに理由がいらないのだとしたら、俺は豊哉のこともちゃんと好きだと言えるかもしれない。
名のない感情
豊哉くん(@4673kanata)