「おいおい、なんだよありゃ……」
竜が二匹。学園上空で睨み合っているといえば、状況は説明できるだろうか。……否。この状況を一瞬で把握する言葉があるのならば、馬鹿な俺に教えて欲しい。明らかに敵みたいな黒い竜は俺たちの味方で、明らかに見覚えのある白い竜は俺たちの敵らしいということだけが黒い竜のセリフからわかった。
ひとまず溢れ出た魔物をどうにかしなければと駆け回る。現れた魔物をいくら殴っても、殴っても、その数は減る気配を見せなかった。
「……やりにくい」
自分の左腕があることの便利さを、これまで感じたことなどなかった。それはもちろん、当たり前にあって然るべきものであったがゆえに、それ以上存在を認知すべきものではなかったからだ。ないことがこんなに不便だとは知らなかった。これまで、魔法に頼らずに体を使ってきた。使えないことを知っていたからだ。けれど頼みの綱である体だが使えなくなった今、慣れない魔法を使うほかないのは自明であった。……やりにくい。もう一度同じ言葉を呟く。
これまでどんなに危険なことをしていても五体満足でいたのは、単純に運の良さだったのだろう。利き手さえあればなんとかなると思っていた自分をもう一度殴りたい。
「誰かいるのか」
声がするのと同時に振り返る。あたりの魔物を掃討し、自身の左腕が消えたことに思いを馳せていたときのことだった。それがよく知る知人……友人のものであると理解して緊張の糸がほぐれる。これほど無意識に自分は緊張していたのか、とその時気づいて、アイゼン時代の自分を思い出した。
「……何お前、だいぶかっこよくなったじゃねえの」
「あなたこそ。少しは可愛らしくなりましたか」
久しぶりに見たレイの顔は、傷だらけで……そして、左目の色が変わっている。距離感を掴みにくいのか、足元の魔物の死体に突っかかりながらこちらへきた。
「目、なくなったのか」
「直球な言い方だな。……まぁ、そうだ」
自分の目がなくなった時のことを想像してしまい、背中がぞくっとする。同時に左腕の痛みがぶり返して顔をしかめた。鉄パイプを無属性魔法で浮かせ、右手で頭をかく。
「その……左腕は」
「食われた。ガブーッ」
「馬鹿……」
魔物のモノマネをすると奴は呆れたように苦笑した。互いになんでもないことのように飄々としているが、大きなものを失っていることはわかっていた。
「なぁ、お前、ここが好きか」
「突然なんだ」
「いいから答えろよ。左目を無くしてもなお、ここが好きか」
レイは空に浮かぶ竜を眺めた。遠くで交戦中の音が聞こえる。多分ここにももうすぐ魔物がやって来る。真に安全な場所など、どこにもない。この学園がこんな魔物を潜めていたなんてきっと誰も知らなかった。それでもこの場所を守ろうとみんなが戦うのには、どんな理由があるんだろう。
「……好きだよ」
初めて、俺はこいつの笑顔を見たような気がする。正確に言えば俺に向けられた本当の笑みを。……そうか。そうだよな。理由など、誰に聞くまでもない。皆が戦っているのは、たった一つの理由に集約される。
守りたいもの。大切なもの。大好きなもの。それが、俺みたいな人間でもたった一年でこの場所には溢れている。故郷のしがらみや自身の出生、コンプレックス、忘れられない過去なんかを全部凌駕して、俺たちは、この場所を愛している。
「……ハッ、なんだよそれ」
一転、ムッとした表情になったレイがこちらを見る。その視線をしっかり見つめ返して、俺も笑顔を返した。
「俺もだ」
あたりの空気がざわめく。匂いが変化する。魔物が寄って来る。レイも俺も、ニヤリと笑った。それはさながら、戦友のように。ライバルのように。そして、共犯者のように。
そして−−−
それは轟音とともに現れた。ありとあらゆるものをなぎ倒し、そしてその頭らしきものを覗かせた。悲鳴、怒号、ありとあらゆるものが聴覚を支配し、足元すらおぼつかなくする。地面から生えてきた魔物の足らしきものが集まっていた魔物たちですら刺していた。匂いが混ざる。一瞬の間ののち、レイが俺を抱えて空中に飛んだ。先ほどまで俺がいた場所は魔物の足がすぐそこまで伸びていて、冷や汗を流す。レイがある一点を見つめている。つられてそちらを見やると、そこには信じられないものが存在していた。
「……おいおい、なんだよありゃ……」
地獄だ、と呟くレイの言葉が耳を素通りしていく。