茉紘



 ゆっくりとまどろみから覚醒する。徐々にあたりのざわめきが耳に入ってきて、状況を認識し始める。僕は……いつまで寝ていたのだろう?
「あ……ねえ、そこの……」
 せわしなく駆け回っている生徒たちは、僕に目もくれることなくけが人の治療に回っている。状況は自分で認識するほかないようだ。ひとまず起き上がると体は元どおりのようだった。魔力もある程度残っている。誰かがそんな魔法でも投入してくれたのか、疲労も消えている。簡易ベッドから降りて地面に足をつけると、せわしなく振動しているのがわかった。まだ終わってないんだ。生徒たちの間を縫い、安全地帯から抜け出した。
 無属性魔法で浮遊すると、高いところから戦況を一望できる。魔物たちはあらゆる場所から湧き出ているが、一定の場所に集まっているようだ。

 研究棟。

 卒業生たちがこぞって就職するその建物は、普段生徒との関わりをほとんど持たない。そこに魔物をおびき寄せる何かがあるのかはわからないが、長いことこの学園にいると流石に知り合いも増えるものだ。非戦闘要員も多い研究棟は格好の餌食なのかもしれない。
 慌ててそちらの方向へ体を向け、現地に急いだ。



 生徒も研究員も、とにかくその場で研究棟を守るべく奮闘していた。僕も早く加勢しなきゃ。少しでも守れるものを守らなきゃ。そうして一歩を踏み込んだ、その時。
「茉紘」
 それは耳障りな雑音とともに耳に届く。振り返らずともそれがなんなのかわかった。生みの親。テュルキースヴァルトで再会した存在。それは僕の
「かあさま」
 にこりと微笑むその忍鬼は、僕に手を伸ばした。いるわけないって、わかってるのに。わかって、いるのに。これはきっと、あの時の魔物と同じだ。ミラージュだ。あの時僕はこの人を克服したはずなのに。まだ僕は恐れているのか。まだ僕は、弱いままか。
 亞の存在が頭の片隅を過ぎる。ごめん、ごめん、わかってる。僕は、変わらなきゃいけないだ。変わりたいんだ。今、動かないと、変われない。クナイを取り出して殴りかかろうとしたその時、地面が揺れた。

 轟音。何かが出てくるのがわかる。悲鳴と怒号が合わさって、耳が支配された。それは僕の背後から訪れたもので、すぐに振り返る。何かが地中から出てきているのだ。それが何かはわからない。あたりの生徒たちも慌てて状況を飲み込もうと奔走している。あ、と声をあげたような気がしたが、僕自身の声など聞こえなかった。

「え」

 まぎれもない油断。僕の過失。馬鹿でガキくさくてくだらない。靄を纏った鋭い影が僕の体を貫通し、その切っ先を僕の目の前に見せた。なにこれ? 誰もその答えを教えてはくれない。勢いよく抜かれたそれが、僕の体を地面に落とす。息がうまくできない。傷口から炎が漏れていく。あれ? どうしたんだろう、僕は……?
 目の前で死んだ、亞の姿を思い出した。待ってよ、僕も同じ運命だっていうの? 逃げなきゃ。体を動かそうにも、体に力が入らなかった。どうすればいい、考えろ、考えろ。
 魔物が集まってくる。僕が死んだか、死んでないか、吟味しているようだ。……否、僕の傷口から出ている炎が怖くて近づけないのか。ぬかった。なんで僕は……どうしていつもこうなんだ。
「……ッハ、ァ」
 息をするんだ。ゆっくりでいいから。大丈夫だから。自分に必死で言い聞かせるも、体はいうことを聞かない。頭の中にこの一年のことが思い出された。走馬灯? ああ、でも、楽しかったな。すごい、楽しかった。僕、ここにいていいって、教えてもらった気がするんだ。楽しくて、楽しくて……ねえ、ああ……。

 僕、死ぬのかな。
「…………っだ……」
 魔力がどんどん消えていく。まだ僕の炎は僕を焼いていないけど、このままならいずれそうなる。魔物に囲まれている。……死ぬ。死ぬ、のか。
「…………や…………っだ……」
 僕は、どうしたかったんだっけ。
「………………い、や…………っ」
 僕は、まだ、僕は、生きたい。
「…………いやだ…………っ」
 死にたくない。
「いやだ……!」
 お願い、誰か

「たすけ、て……!」

 故郷の匂いがした。懐かしい匂いだった。
 僕は君に、さっきはごめんね、って、多分言わなきゃいけなかった。