その、守りたいもの

クオリア
ハウンド討伐01



 告げられたその事実に息を飲んだ。手元に配布された資料を持つ手に力が入る。アイゼンが、なんだって?
「アイゼンが故郷のものもいるだろう。該当地域における被害者のこれ以上の拡大を防ぐため、協力して欲しい」
 先生の言葉よりも早く立ち上がった。ゲートに向かう足が徐々に早くなっていく。助けなくては。あの国は、俺の生きた証なのだから。



 入学してから初めてみたこの島のゲートが開く瞬間も、頭には特に残らなかった。鉄パイプを握りしめる手に汗がにじむ。アイゼンに到着して最初に浮かんだのは、俺の面倒をちょくちょく見てくれたジジイだった。
 久々に足をつける故郷の地面を踏みしめる。走る。道は体が覚えていた。どんな道も俺の体に羽が生えたように飛んでいける気がした。ここは自由でいい。街は庭のようで、空気は俺の体を作り上げている。
「あ、くおりん! 急いでるのぉ?」
「ミケ……」
 まっすぐに町の中心部に向かって走っているとミケに出会った。ふわふわと浮きながらこちらに近づいてくる。
「悪い、今お前に構ってる暇ねぇわ」
「ひどぉい。……でもなんかワケありっぽい? やばくなったら呼んでよ〜」
「おう、ありがとな」
 建物の上を飛ぶ。町のあちらこちらで煙が上がっている。爆発する音や何かを打ち付ける音も聞こえるため、すでに戦闘が始まっているのだろう。でも街の中心部はあまり動いていない。まだほとんどの人がたどり着いていないんだ。頼むからハウンドたちもいないでくれ……!
「ハァッ」
 ようやく街の中心部に入る。ハウンド、ヘルハウンドの大量発生の原因はわかっていないから建物の上を歩くのも危険と考え、地面に降りた。
 ジジイはしがない武器屋の店主だった。アイゼンにはそんな武器屋が山ほどある。ある日、俺がボロボロの身なりで折れ曲がった鉄パイプを引きずりながら歩いていた時、声をかけてくれたのが出会いだった。
 実は本名も知らない。ジジイの武器屋には滅多に客が来なくて常連と呼べる人もいなかったし、家族と話してるところも見たことがないから名前を知らなかったのだ。
 地上を走っていると所々崩れている場所がある。ハウンドたちが暴れた箇所だろうか。人の気配はあまりしない。きっとみんな、もう避難しているのだ。
「ジジイ!」
 果たして、ジジイの武器屋は無事だった。ほっと安心したすぐ後、その安心は不安に変わった。
「ジジイ、なんでいるんだよ……」
「……おお、クオリアか」
 そう、ジジイもジジイの武器屋も無事だった。問題なのは、ジジイがまだそこにいたことだ。
「久しぶりじゃのう、お前さん」
「な……久しぶりとかそういうのじゃなくて、なんでまだここにいるんだよ! 避難は!?」
 昔と何も変わらない。店番の椅子に座ったまま、ジジイは変わらぬ表情を見せた。
「いいんじゃよ。もう」
「よくねーよ! なんで行かねえんだよ!」
「足が悪いんじゃ」
 ああ、だから。ジジイが立って動いた姿を俺は見たことがなかった。出会った頃からずっとそこにいるかのようにジジイは店番の椅子に座っているのだ。でも、この街の人間は足が悪い爺さん一人くらい担いで逃げてくれるはずだ。
「周りの人間に迷惑をかけるのも嫌じゃった。だから一人でここに残ろうと思ったんじゃ。もう、何十年もここに一人でいるしのう」
 何も言えなかった。早く、早く逃がさなきゃ。そんな思いだけが先行して足がフラフラとじじいの元へ近づいていく。
「ちょうどなぁ、お前さんのことを思い出してたんだよ。数年前からぱったり顔見せなくなってなぁ」
「……物好きな奴に、拾われて」
「おお、おお、よく見れば綺麗な服を着ているのう。女の子は綺麗な服が一番じゃ」
「ジジイ、そんなことより……っ」
ーーードォン
 突然爆音。とっさに体が動いた。ジジイをかばうように体を滑り込ませる。ちょうど、さっきまで俺が立っていたところまで建物が一気に崩れ落ちた。激しい砂埃の中、漂ってきたのは異常なほどの汚臭だった。
「……ハウンド」
 そこには五匹程度のハウンドが群れをなして居た。先生の言葉が頭に蘇る。
『通常、ヘルハウンドは小型のハウンドを従えて行動する』
 息を止めた。じじいの口を塞ぎ、体を抑えつけるように抱きしめた。こいつらがいるということは、でかい親玉がいる。俺一人なら殺せるかもしれないが、ジジイを守りながら五匹以上のハウンドとヘルハウンドを相手にするのは厳しすぎる。
 ドシン、ドシンと地響きのような音が辺りに響き渡った。じんわりと嫌な汗をかく。音が近づいてくる。必死で息を止めた。身動き一つすら取らなかった。
 ……足音が通り過ぎた。どうやら、この建物の裏を通っていったのだろう。完全に足音が聞こえなくなるまで息を潜めた。果てしなく長い時間だった。
「……もう大丈夫だな。ジジイ、どっか怪我とかしてないか」
「お前さんのおかげでのう」
 ジジイから体を離す。目の前に立ちはだかる五匹のハウンドたちを睨みつけた。
「ジジイ。五分くれ。こいつらを片付けて、ジジイを避難場所まで運んでやる。だからその間は……」
 俺を女の子のように扱ってくれた。身寄りも、行き場もなかった俺につかの間の居場所をくれた。それだけで俺は後ろにいる老人を助ける理由を作れる。ただ、普通の人間に俺が戦う姿を見て欲しくなかった。あんなにも貪欲に汚く駆け回る姿を、見て欲しくなかった。
「……目ェ、瞑ってな」
 右手に持った鉄パイプを振りかざす。駆け出した俺に合わせて、五匹が一斉に動き出した。



「うっし、着いたぞジジイ」
 五匹のハウンドを殺すのにそう時間はかからなかった。小癪な魔法をちょこまかと使ってきた以外はとにかくぶん殴ればなんとかなった。すぐに飛び散った肉片や血を落とし、ジジイを担いでまた建物の上を飛んで避難場所へと走ってきた。
「……ありがとなぁ、お前さん」
「いいってことよ。気をつけろよ。ここにもテトイの生徒やら教師やらいるけど、絶対安全ってわけじゃねーから」
「クオリア」
 珍しくジジイははっきりとした声を出した。驚いてその顔を見つめると、ふにゃりと笑顔に変わる。
「お前さんの戦いっぷり、いつ見ても綺麗じゃのう」

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