01

 ざわめく研究棟の廊下をスタスタと歩く。何か問題が起きていることは嫌という程わかるのだが、それが実際なんであるのかはわからなかった。たどり着いた一階の出入り口には研究員たちがわらわらと集まり、玄関を叩いていた。
「……ユエ、なにがあったんだい?」
 見知った顔を見つけて声をかけると彼女はこちらにパッと振り向いた。エメラルドグリーンの長い髪が揺れる。
「キルビー! ぼくもよくわかっていないが、おそらくは閉じ込められたな!」
「閉じ込められたァ?」
 人混みをかき分けて入り口に渾身の力をやるが一向に空きそうにない。自分の魔法は何かを破壊するものではないから、ここで使っても無駄だ。
「おいアンタたち、どうにかして魔法で突破できないのかい」
「無駄だね。ぼくたちがここで何もせず棒立ちでいたとでも思ってるの?」
「……それもそうだなァ」
「その前に、まず魔法が使えない。君も知ってるだろう? 開発途中の例のアレ」
 例のアレ、と言われてすぐ思いつくのは『魔法を封じるための魔法』だ。いろんな部署の研究チームが手分けして駆り出されている大々的な研究、開発。もしかしてアレが発動した、とでも言うのだろうか、目の前のちびっこは。
「おおよそ察している通りさ」
「正気かい? 到底信じられないね」
「でも現実はこうだ」
 ユエが扉を拳でコン、と叩いた。乾いた音だけを残して扉は全く動かない。ため息をつく。どうやら本当らしい。歌ってみようかとも思ったが、それこそ意味もないだろう。現役時代の獲物でもあれば物理で壊してやるのに。
 ユエに別れを告げて適当に研究棟の中を歩く。慌ただしく歩き回る人、泣き出す人、ぼんやりしている人、無関心の人。それぞれがそれぞれの思惑を持ったままこの中に閉じ込められた。それが現状だ。どうにかして外に出なければいけないのはわかる。閉じ込められたということが異質であるということがよくわかるからだ。
「……ま、適当にやるさね」
 グッと伸びをした。そんなに焦ることもないだろう。そもそも焦ったところでどうにもならないのだから。
 一つの部屋に適当に目星をつけ、ポケットに手を突っ込んだまま乱暴に足で戸を開ける。だいぶ乱雑にかき回された部屋だ。中には数名の研究員がいる中、煤竹色の翼と伸びきった桃色の髪が見えた。
「ん? セゼかい。なんかいいものは見つかった?」
「……謎の液体」
 ずいっと目の前に差し出されたそれは本当に何に使うのかわからなかった。セゼと液体を見比べるが、それ以上彼は何も説明する気がないようだ。
「まぁ一応もらっておくかな……いいかい?」
「どうぞ」
 短く答えた彼の手から受け取った時にはもう、彼の後頭部がこちら側にあった。短すぎる付き合いというわけでもないが彼は一向に変わらないままだ。こういうヒトなのだろう。
 受け取った瓶を振るとそれは中でたぷりと波立った。ふむ、と無意味な感嘆を漏らし、自然と生まれた鼻歌とともにその部屋を後にする。

ユエチャンシーちゃん @r_playng_9
セゼくん @utatane__zZ

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