03

「おねえちゃんどこですか……」
 泣きそうになっている声がして振り返ると、廊下の端で小さなウサギが今にも泣き出しそうな顔をしたままキョロキョロとなにかを探していた。
「ガキンチョがこんなところでどうしたんだい*?」
 近づいていってちょうど視線を合わせるようにしゃがみこむ。びっくりしたのか目尻の涙は少し引っ込んだようだ。
「わ、わたし、おねちゃんをさがしていて……」
「そうかい。お姉ちゃんはどんな子なんだい?」
「お、お姉ちゃんはすごいのですよ! えっとえっと……」
 そこからたどたどしい彼女のお姉ちゃん談義を十分ほど堪能した。彼女の頭をわしゃわしゃ撫で立ち上がる。思わずどっこいしょ、と声が漏れた。この歳になってからはしゃがむのも楽ではない。
「じゃ、アタシが姉ちゃん見つけたら妹が探してたってこと教えてあげるよ。ほら、せっかく可愛い顔してんだ。泣くんじゃないよ」
「は、はい……、ありがとうございます」
 まだ不安が残っているのだろう彼女とは、心配だったもののそこで別れた。この建物は閉鎖されているのだからいつかは再会できるだろう。泣きそうになるほど探しているのなら姉の方も探しているはずだ。

「……アルタイル!」
 見知ったとんがり帽、豪快な後ろ姿に笑い声。帽子の隙間から空色の髪がちらりと揺れてこちらにその表情を見せた。
「キルベラじゃないか!」
「「酒は見つかったかい?」」
 ワンテンポおいて二人の笑い声がこだまする。研究棟の全フロアに響いたのではないかと思うほどではあったが、ひとしきり笑い転げて手をばちんと叩き合う。
「状況はわかってるみたいだね」
「そりゃそうさ。まったく、いったい誰がこんなこと」
「さァね。ま、晩酌までに脱出できればいいさ」
 彼女と出会ったすぐ近くの部屋の戸を開けると中には工具用品が散らばっていた。床や机の上には様々な工具が乱雑に置かれている。整理整頓のできない研究員でもここにいたのだろう。
 まだ新しそうなトンカチを手に取る。何も起こらない。もう一つトンカチを取る。その時。
「っ、キルベラ!」
 まるで血液のような赤で魔方陣が描かれた。驚いてトンカチを取り落とす。床に鈍い音を立てて落ちたそれは、もう魔方陣の気配を消していた。
「なんともないかい?」
「ああ。盗人用のトラップだろう。なんでアタシが盗人認定されなきゃいけないんだい、まったく」
 足元のトンカチを軽くけとばすと、中にいた誰かの足元まで滑っていった。振り返った彼女はやはり桃色の、肩までの髪を揺らしてこちらを見た。
「物は乱暴に扱っちゃだめですよー」
「悪いね、ぶつかったかい?」
「いいえー。確かにトラップ多いですよねー、解除用の何かがあればいいんですけどー」
 間延びした喋り方のピンク頭がぼやいた。解除用の何か、という言葉にアルタイルと顔を見合わせたがピンとくるものはすぐに出てこなかった。
「トラップ解除にしろ、この研究棟から出てくにしろ、何か方法はあるんだろう?」
「あるんじゃないですかねー」
 結局ここでも何もわからないままではあるものの、苦笑いと一緒に部屋をでた。そうさね、晩酌までに間に合えばいいさ。

アサヒちゃん(@Akira_K1k)
ちゆちゃん(@wocarinas)
アルタイルさん(@aosn_sousaku)

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