03-02

 まずは洗濯物から始めて、次に食器を片付けてから朝食を作る。
 鮭の塩焼きに味噌汁、ほうれん草のお浸し、卵焼きなど。いつもなら一人分だけど、今日から二人分も作らないといけない。
 食べる量も考えて、ついでにお弁当も作っておく。
 朝食が整ったのは7時前。ちょうどいい時間だ。

「で、肝心の綾崎くんは……」

 まだ、起きていない。
 ……まさか、夜更かしして起きられない、とか?

 宛がわれた部屋の前に行き、ノックする。

「綾崎くん、朝ご飯できたから」

 一応声をかけてリビングに戻り、持って降りた鞄に必要な教科書と読書用の本が入っていることを確かめる。
 確認が終わる頃、ようやくリビングに綾崎くんが入ってきた。

「……先に食べてなかったのか」
「一緒に食べる方が楽しいじゃない。それより、夜更かししてないよね?」

 じろっと目を細めると、綾崎くんは視線を逸らした。

「……今度から貸す巻数は三冊までにするよ」

 顔をしかめる綾崎くん。
 本当、わかりやすい子だなぁ。

「嫌だったら十一時には寝ること。守ってくれたら五冊から十冊以内で貸してあげるから」
「……わかった」

 うん、素直でよろしい。

「じゃあ、食べよう。味噌汁入れてくるね。ご飯は好きなだけ装っていいから」

 お客様用の茶碗を渡して、私は味噌汁を木製の器に注ぐ。
 配膳して、「いただきます」と両手を合わせてから食べた。
 テレビ画面に流れるニュースを聞きながら食べて、途中で大切なことを思い出す。

「あ、そうだ。お弁当作ったけど、いる?」

 ここで、黙々と食べていた綾崎くんが、きょとんとした顔で私を見る。

「……弁当?」
「うん、念のためにね。いらなかったら夕飯に食べるよ」
「いる」

 私が言い終わった瞬間に即答した。
 よかった。お弁当、無駄にならなくて。

「今までお弁当、作ってもらわなかったの?」
「……母さんは大学の理事で忙しいからな」

 ……恵さん、理事長だったんだ。なんか意外だ。

「夕飯が遅い時は?」

「外食か、コンビニの弁当」

 まさかの不健康発言。これは何が何でもしっかりとしたご飯を作らなくちゃ。

「じゃあ、今日から弁当を作るね。好きなおかずと嫌いなおかず、あったらまたあのノートに書いてね」
「ああ」

 頷いた綾崎くんにほっとして、最後のおかずを食べて味噌汁を飲んだ。

「――ごちそうさま」

 両手を合わせて食器を片付けて、歯磨きしてからお弁当を鞄に入れる。
 綾崎くんの弁当箱は、私の弁当箱より一回り大きい。育ち盛りだから、たくさん食べると思って考えた結果、大きいサイズにしたのだ。

「これ、綾崎くんの」
「……ありがとう」

 弁当箱を渡すと、小さな声でぽつりと礼を言った。

 初めてお礼を聞けた……なんだか、嬉しいな。

「どういたしまして」

 嬉しいことがあると、ついつい笑顔になる。よく紅羽から自然体だと言われているほど、自分の感情に素直だ。
 はにかんで言葉を返せば、綾崎くんはそっぽを向いた。

「あ、それとこれ」

 お父さんから預かっていたもの……合鍵を鞄の側面のポケットから出して渡す。

「……合鍵? いいのか?」
「うん。これがあれば、いつでも帰って来れるでしょう?」

 綾崎くんの本当の家はここじゃないけど、今はここが綾崎くんの家だ。
 その意味を込めて言えば、綾崎くんは少し目を見張って、合鍵を握り締めた。

「じゃあ、行こう。ちょうどいい時間だし」
「……ああ」

 綾崎くんは何かを噛み締めるように返事して、一緒に家から出た。

 家から学校までの距離はそんなにない。だって、10分程度で着くから。
 その間はお互いに無言だけど、それがなんだか心地良かった。

「……同居のことは言うなよ」
「え? ……あぁ、うん」

 ぽつりと呟いた綾崎くんの言葉に、何となく察した。

 年頃の男女が同居なんて噂になりやすいし、いい目を向けられない。特に綾崎くんにはファンクラブがあって、私と同居していると知られたら私が血祭りに遭う。
 私も綾崎くんも、そういった面倒なことは起きて欲しくないから隠した方がいい。

 ……紅羽には話した方がいいけど、念のために黙っておかないとね。


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