▼ 06-03
そして、お風呂。男女別の露天風呂があって、クラスごとで交代して入るらしい。
私は集団で露天風呂に入ることが苦手。なぜか知らないけど、いろんな視線が集まるんだ。中学の修学旅行でじろじろ見られたこともあったせいでトラウマに……。だから、私は露天風呂に行かず、一人だけシャワールーム。
露天風呂……行ってみたかった……。
着替えはあるけど、今回は部屋に置いてある浴衣を着る。
これから肝試しをするから、雰囲気作りのために浴衣は必須らしい。
確かに肝試しは日本の風物みたいなものだけど、今時肝試しって……。
細い帯をしっかり結んで、乾かした髪をハーフアップに留める。
そして、ちょうど紅羽が部屋に戻ってきた。
しっとりと僅かに濡れた黒髪に、淡く色づいた頬。どことなく色香が漂っている雰囲気。
誰がどう見ても、心臓に悪いくらい綺麗な美女になっていた。
「色っぽいってこのことだよね……」
「え、は!? な、何言ってんの怜……」
頬を赤らめて戸惑う紅羽。
うん、かわいいね。綺麗なのにかわいいって、反則じゃない?
「やっぱり紅羽って、どんな姿でも綺麗だなーって」
笑顔で言えば、紅羽は耳まで真っ赤になる。
照れた顔はすごくかわいい。男に見せたくないくらいだから、これからを考えると勿体無く思ってしまう。
「じゃあ、行こう」
「お……おぅ……」
ぎこちなく頷いた紅羽と一緒に部屋から出て、ロビーへ向かった。
ロビーでは浴衣姿の美男美女がいて、学年一の美貌を持つ綾崎くんに近づこうとする女子が多い。
……ん? ……何でモヤモヤするの?
胸の奥に違和感を覚えていると、綾崎くんと立花くんが私達に気づいて顔を向け……固まった。
「……立花?」
紅羽が小首を傾げて立花くんの顔を覗き込む。
上目遣いのせいか、立花くんは口元に手を当ててそっぽを向いた。
……なるほど、紅羽に見とれたのか。浴衣美人だからね、紅羽は。
「紅羽、美人でしょ?」
「怜!? 何言って……」
「千景」
立花くんが正気に戻って、紅羽の肩を掴む。
「肝試しは一緒に回るぞ」
「へ? ……いいけど、どうしたんだよ」
「翼は若桜と行くんだろ。ちゃんとリードしろよ」
紅羽の疑問に答えず綾崎くんに言った立花くん。
立花くんって意外と強引なんだ……初めて知った。
それよりも……。
「紅羽、頑張ってね」
「は?」
立花くんのことを未だ理解していない紅羽が心配だ。
でもまぁ、大丈夫だよね。立花くんも紅羽に優しいところがあるし。
「……若桜」
不意に綾崎くんに呼ばれて顔を上げる。すると、綾崎くんは柳眉を寄せていた。
「はぐれるなよ」
「……? うん」
お化け屋敷じゃないんだし、暗いのは平気だから大丈夫……たぶん。
そんなこんなでホテルの外。クラスごとに整列して、順番に出発することになる。
ルールは簡単。ホテルの周りにある森の奥にある神社まで行って、そこに置いているノートに名前を書く。そして引き返さず森の中の道を一周するように行くだけ。
男女のペアを作って、一本の蝋燭を持って森の中を行くだけだから簡単だ。
くじを引いて順番を決めて、私と綾崎くんは紅羽と立花くんの後に行くことになった。
「紅羽、気をつけてね」
「ん。いってきまーす」
紅羽と立花くんが出発した。
見送ってからの待つ間は暇で、暗闇をぼーっと眺める。
寒くなく暑くない、夜特有の気温。程良く涼しい風が吹いているおかげで、より心地良く感じる。都会の中で木々のざわめきなんて滅多に聴かないから、目を閉じて聴き入った。
「……眠いのか?」
綾崎くんに声をかけられた。ちょっとびっくりしたけど、普通に返す。
「んー……ちょっとだけ」
バスの中で眠って以降からほとんど休んでない。まぁ、みんなも同じなんだけどね。
やっぱり朝からの疲労感があるからかな? なんて思っていると、私達の番が来た。
綾崎くんが持っている蝋燭に火を点けて、出発した。
森の中に入ると、木々の枝や葉が擦れ合う音がより大きくなる。
都会では感じられない夜の自然に包まれて……少し、不安になった。
私ってテーマパークの遊園地とかにあるお化け屋敷は苦手だ。だって無駄にうるさいし、大袈裟な仕掛けにもびっくりするし……。
でも、夜の森って初めて体験するから……お化け屋敷と違う雰囲気に、少しだけ背筋が冷たく感じた。
「若桜」
「っ……何?」
綾崎くんが私を呼ぶ。
ビクッと震えた肩に気づかぬふりをして顔を上げると、綾崎くんは目をぱちくりさせた。
「怖いのか?」
「……怖くないよ」
指摘されて頬が熱くなる。
気づかれたくなくて、ぷいっと顔を逸らすと、綾崎くんがクックッと喉を鳴らした。
「笑うなっ」
「意外だな。若桜が怖がりだなんて」
面白そうに笑って言う綾崎くん。
滅多に笑わないからカッコよく感じるけど、今はちょっと……ムカつく。
「……お化け屋敷は平気なのに」
「夜の森特有の雰囲気のせいだろうな」
からかうのではなく、ありのままを言った綾崎くんに、少しずつ気分が落ち着く。
なんて言うのかな……綾崎くんパワー? 少し話すだけで、こんなにも安心するなんて、初めてかもしれない。
近づいてきた神社。賽銭箱の上にあるノートの空欄に名前を書いて、残りの半分を歩く。
不意に、ガサッと林の陰の方から草木をかき分け、踏みつける音が聞こえた。
動物の足音だってわかっているのに……やっぱり、ビクッと肩が震えた。
「……クッ」
「わーらーうーなー!」
「無理を言うな」
面白そうに喉を鳴らして笑う綾崎くん。
何でそんなに余裕なの!? この差は何!?
「……なら、こうしよう」
そっぽを向いて不貞腐れていると、綾崎くんが私の右手を取った。
「えっ……」
「こうすれば怖くないだろう」
驚いて顔を上げると、綾崎くんは橙色の瞳を細めて笑みを浮かべていた。
……反則すぎる。そのカッコイイ笑みは!
「ずるい」
「ん?」
「いざという時は頼もしいって……カッコよすぎて、ずるい」
私もそれくらいカッコよかったらなぁ、と続けて愚痴る。
綾崎くんは目を丸くし、私の手を握る力を強めた。
「……お前のそれは癖か?」
「え?」
「自分の気持ちを素直に口に出して、尚且つ人を褒めることだ」
「……今の、褒めていた?」
癖って言われても……よくわからないし。ていうか、初めて言われた。
首を傾げて考え込む私に、綾崎くんは深い溜息を吐いた。
「まあ……いい。そろそろ着く。放すぞ」
「あ……うん」
少し明るくなってきた前方で、肝試しが終わるのだと気づく。
なんていうか……長かったような、あっという間だったような……。
綾崎くんの手が離れる。その瞬間、胸の奥に風が入り込んだような寒さを感じた。
……これは、何? 昔、感じたことがあるような……。
右手に残った体温を握り締めて、綾崎くんの後を追って森から出た。
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